微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。

孤軍奮闘

2013.08.05
市販で商品を販売するようになって、少しずつ業務用の依頼もやってくるようになった。

依頼といってもいきなり商品を買ってくれるわけでもなく、先ずは商談をしたいということだ。

いろんなところに行きました、日本でも超大手のユーザーさんも二人で乗り込みました。
まだ二人とも20代だったので、貫禄負けしないように精一杯気合を入れていきました( ゚Д゚)オラオラオラ

やや手ごたえありの商談、帰りにスクムビット居酒屋でイカの造りをつまみにいいちこで乾杯しました(・∀・)ボクタチヤッタヨネ

アユタヤの工場に15時商談ということで二人で車を運転して行ったら、商談相手の社長さんがスケジュールの勘違いをしていてバンコクに違う用事でいっていた、別に日になるのかな?って思っていたら「今からアユタヤ帰るから待っていて」って言われて、二人で夕日を見ながらマッサージを受けて待っていたこともありました。

そして18時から商談スタート、見事に破談でした..._| ̄|○チョウムダ

僕ら二人の役目は完全に分かれていました、僕が開発と生産管理、ケンさんが営業と経理、ロジスティックと自社のタイ幹部との調整です。 

このまま二人でやって行くものだと思っていました

ベンさん(元上司)と別れて、約1年の頃です
 

ようやく、小さな工場が回り初めてきました。 

本当に小さな工場なので、仮にフル稼働したとしても僕の給料は出せないレベルです。
最初からここをフル稼働させて、本工場を建設するというのが目的だったのでまだまだなんですが、このままいけばいけるかもと少し手ごたえを感じてきていました。 

この頃ですね、本工場を建てようかという話が持ち上がったのは、そして小さな工場とまだない夢の工場の責任者として僕の役職は正式に工場長になりました(・∀・)ハズカシ

僕が手ごたえを感じてきたのと反対に、ケンさんは違うことを考えていました。

東京〇〇〇はまだ続いていたのですが、ケンさんが頑張りすぎるので、適当なタイ人(バムさん)と上手くいっておらず、BOSSに外されていたのですが、日本人が必要な時はケンさんがやらされたりして中途半端なポジションでした。

僕は自分の工場が大きくなったら、ケンさんも正式に僕の工場の配属になってもらおうと思っていましたが...




突然ケンさんが辞めることになりました...




その時の過去記事が下の2記事です。

【ケンさんの決断】

【ケンさんとの別れ】

すごく覚えている場面があります、ケンさんが辞めるので僕が営業も引き継いでお客様回りをしていたある日、いつもならばケンさんが主導で話すのですが、引継ぎなので僕が積極的に話していました。

その帰り道

ケンさん「いやータオさん全然営業できますよ、安心しました!」(・∀・)アンシンって言ってくれたんです。

元々話すのは好きでしたが、営業はそれだけでは難しいです。 我慢したり、時には馬鹿になって会話を盛り上げたりしなければいけません、僕の性格では難しいかな?と思っていましたが、この言葉をかけてもらったので、

「絶対にケンさんよりうまく営業してやろう!」って思いました。

これはケンさんへ感謝の気持ちと僕を1人置いていく裏切りへの怒りにも似た感情からでしょう。


ケンさんが辞めた後もタイ人スタッフをはじめ、多くの人に支えられて今までやってきました。

しかし、心から信頼できる同僚はケンさんが最後でした。


ケンさんが辞めた日から、心はいつも1人での奮闘が始まります



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