微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。

新しいプロジェクトのスタート

2013.06.24
【前回の記事】で書いたように、就職日記その後を時系列で書きたいと思います。

僕がジジィになった時に読み直したいと思います。 その時はなんでタイにいるんだろう??(´・ω・)って分らなくなっているかもしれませんからね

それでは今の会社に入社して1年くらいベンさんという上司の下で働いたその後、2年目からの出来事を思い出して書きたいと思う。

【僕がこのグループで一つのプロジェクトの責任者になった日】

上の過去記事のように、僕はベンさんから独立して新しい部署(まだ会社とは言えないレベル)の責任者となった

その時の状況

僕にはベンさんから引き継いだ小さな工場(本体の工場の一部を間借り)と、大卒の部下が2-3名、日給の作業員が7-10名ほどいた。

そして今までの仕事は一旦終了したので、生産はゼロでお客様もゼロだった(;´Д`)ゼロズクシ


僕の給料なども含めて、月に大体50万バーツくらい固定費だけがかかっていた。


ひじょーに肩身の狭い状況であったのは分ってもらえるでしょうか?(;´Д`)

この日本人がいるだけで、毎月50万バーツ会社は金を捨てているんです。 

クビにして3ヵ月分の給料を払った方がよっぽどましだと思えます。
だって客もいなければ、売れる商品すらないんですもん...

先ずはどちらかがないと先には進めません、客が先か商品が先か...

商品を作ってしまったら、売れなければ大変だし...

そんな僕にBOSSはある提案をしてきた、それは

グループ会社が販売をして、僕が開発と生産をするという案だ

グループ会社といっても、こちらも僕の工場を動かすために新しく作った販売会社である。

だから、実際にはこの新しい販売会社の経費もすべて僕の会社の経費ということになる。

マイナス50万バーツの固定費がマイナス100万バーツになるってことですよね...

その当時の僕に選択する余地はなく、その提案を受け入れました...(;゚∀゚)


こちらの販売会社の日本人アドバイザーとして、同僚のケンさんが任命された。

この人事が唯一心の支えになったのだ...

ケンさんとは僕よりも3ヵ月前に同じ会社に入社していた日本人、BOSSの秘書という肩書きです。
【この日記ではじめてケンさんの名前が出てきた記事】

販売会社が売りたいという商品は、当時タイで販売していた【なんちゃって日本】みたいな商品であった。

タイ人が日本を想像して作ったような商品で決して日本の品質ではないし日本人は使わない商品、タイ人も決して是非買いたいと思うような商品ではないが、どこに行ってもそれが売っていたのだから知名度はあった... 

販売会社がターゲットにした商品の名前が日本〇〇、それに対して僕らが作るのは東京〇〇にしようということになった。 
※ちゃんと商品登録しちゃっているところが本気過ぎて笑えないのである。


この案の発案者は他でもない、僕のBOSSなのだから仕方がない...(´Д⊂ヽ

当時は誰も反論できなかった...

僕自身も選択肢もないし、ひょっとしたら日本〇〇くらい売れればなんとかこの会社に残れるという思いもあった...

あとBOSSが発案者なんだからこけても僕だけの責任というわけでもないだろうし...といういやらしい考えも...

そして日本〇〇をターゲットにした東京〇〇の開発の日々が始まった...φ(`д´)


次回に続く...




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