微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。
2007.12.01
お飾りの上司ベンさん、しかしそれは仕様がないので僕とケンさんは二人でなんとかビジネスを広げようと頑張った。

そして数ヵ月後には、この新プロジェクトは僕とケンさんだけで動くようになっていた。 

しかし、問題はあった。

それはお飾り上司 ベンさん


客との商談はなぜか必ず出席したがるベンさん。

しかし、発言はめったにしない。

発言をしたかと思うと、客を怒らせる発言がほとんどである。

そのほとんどが、寝ているのかと思うくらいである...

そんなとき

タオ「正直、ベンさん邪魔ですね、今日の商談も結局駄目なってしまったし...」( ゚Д゚)

ケンさん「タオさん、まじめに僕らだけでできますかねこの仕事?」(゚Д゚ )

仕事は僕たちが100%やっていたのは確かである、しかし僕もケンさんも30歳にも達していない、若造。 ベンさんはお飾りとしては、実は役にたっているのかもしれないという不安はあった。
ベンさんがいなくなったとたんに、お客様の態度が変わることも考えられなくはない。

年齢ばかりは、取ろうと思ってとれるものではない...

自分の実力と、周りの協力してくれる人を信じて、出した結論。

二人で相談した結果、ベンさんをこのプロジェクトから外す計画を遂行することとなった...

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
スポンサーサイト
2007.12.04
ベンさんを外したい!

これは僕とケンさんの当初からの願いであった。

しかし、僕たちがなんの実績もこの会社で出していないときに、そんなことができるわけもなく、僕たちは二人でいろいろなことに耐えてやってきた。 

実績と自信をつけ

遂にそのときがきたのである。

先ず、ケンさんが社長に会談をする。

内容はベンさんによって、大きな仕事を失うことが多い、また品質向上案など、タオからの案はすべてベンさんによって潰されていることなどを説明し、ベンさんが外れてもタオが工場管理ができることの根拠などを解説してくれた。

実際、多くのお客様からベンさんの悪い評判は社長は知っており、それを黙認しなければいけなかったわけである。 それは、僕やケンさんがどこまでやれるか見極めが難しかったのだと思う。

そして、ケンさんが会談して数日後、


僕は社長に呼ばれた。( ゚Д゚)


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.07
社長との会談


社長は僕に、ベンさんなしで開発から生産管理、客との商談を僕がやっていけるかを確認してきた。

僕はそのすべてを、一人で今以上にできると断言した( ゚Д゚)

コラートのアルカトラズの工場は、結果としてはかなり日本の工場と同じくらいの品質のものが作られていた。 それは、やはり日本兵の手腕であろう。 僕としても、日本兵の作り上げたレベルの品質を作り上げることを目標にしていた。

が、ベンさんはそれを望んでいなかった

理由として

厳しくするということは、それだけ管理する人の仕事が増えるということである。実際は僕が管理するのであるが、それすら嫌がっていたのである。 自分の部下が仕事をする、なんだか自分が仕事している気がするのであろう

そして、社長が思案している際に

タオ「社長が僕を採用されたのは、なんのためですか?日系と同じような品質、対応をするためじゃないのですか? 正直、現状の商品、サービスに僕は満足してません!もっと良いものができると確信しています。 もし、社長が現状に満足されているのならば、僕は必要ないと思います。社長が、僕を必要ないと言われれば僕はすぐにこの会社を去ります、どうか遠慮なく言ってください!」( ゚Д゚)

これで要らないといわれれば、それまでである。 僕が将来を賭けて働くところではないと、覚悟を決めていた。


そして、社長の答えは、

社長「わかりました、良い商品、良いサービスができる会社を作りましょう。 協力してください」(・∀・)

僕はこの瞬間、このプロジェクトを社長のために大きくするまで頑張ろうと誓ったのである。 


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.10
そして、ベンさんはこの会社の、将来ある新プロジェクトから外れた。

新プロジェクトの組織は僕がすべて引き継ぐこととなった。

そうすると、ベンさんはどうなるのか?

この会社はとても大きなグループで、僕のプロジェクト以外にもいくつものプロジェクトがある。 そのひとつのプロジェクトの日本人窓口として役割を以前から担っていた。 

1、その仕事をそのままやること。

それだけでは、あまりにも仕事が少ないだろうと、心ややさしい我が社長は新しいプロジェクトを発足させることにした。

2、この新プロジェクトの責任者としてベンさんを抜擢。


この時点で、社長がどこまで僕やケンさんの意見を理解したのか不安になる。 確実にこのプロジェクトは成功しないどころか、起動すらしないのは目に見えている。 

実際、これから2年経ってもこのプロジェクトは動かなかったという結果を、現在の僕からお伝えします(・∀・)つ


何はともあれ、僕はこの会社にきて半年で、ひとつのプロジェクトの責任者としてベンさんから独立することになったのである


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.11
今月の23日にタイでは総選挙が行われる

ここで、タイの政治について僕が語っても影響力もないし、フラストレーションが溜まるだけなのでそんなつもりはまったくない。

なぜ、選挙の話題を出したか?


バンコクに住んでいる人なら、思ったはず。


八時だよ、全員集合!!



P1000265.jpg


高木 ブーが当選するように祈る タオであった





毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.13
僕とケンさんは良き同僚であり、タイで成功するという野望を持ったライバルである。

ベンさんがトップにいた場合、僕が技術系、ケンさんがセールス、事務系といった感じに仕事分担していた。 しかし、ベンさんが外れると僕とケンさんが横になってしまう形になる。
実際には、僕のほうが経験が多いということでケンさんが僕を立ててくれてた

気になっていなかったといえばうそになるが、ベンさんを外してから後のことは考えようと思っていたのは確かである。

実際、僕とケンさんはこの横の関係でこのプロジェクトを発展させていくことになるが...


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.14
僕とケンさんはどんどんと突き進んだ

ケンさんが飛び込みで、新規の客を取ってきたら、僕がそれをすぐさま商品化し少しずつではあるが顧客を増やしていった。
時には注文がなく、工場に生産予定がはいらないときは二人で仕事を企画し、なんとか工場を休ませないでやっていくことができた。

ベンさんがこの新プロジェクトから外れてちょうど1年、その時が来た

僕はこのときすでに、工場長の肩書きをいただきこのグループの中でもそこそこの地位をいただいていた。 しかし、ケンさんはセールスであるため、働き分相当の地位と手当てを受けていなかった。 セールスが駄目というわけではなく、タイ国で外国人がタイ人相手に販売するにはどうしてもタイ人のアシスタントが必要になる。大きな契約を取ってくるときはなおさらである。

ケンさん自身は自分は経験不足なので勉強させてもらっているという考えで表向きは気にしていなかった。
ケンさんの仕事振りは、1をオーダーしたら10までする。やったことがないことも、勉強してやり遂げる。 人が嫌がる仕事でも、上司がやれといったら必ずやる。

はい、仕事人の鏡です

そんなケンさんを、うちの会社はあまりにも都合よく使った。

僕のプロジェクト以外でも日本人の手が必要であったら、困ったときのケンさんって風に使っていた。 

仕事中ほとんど、一緒にいるケンさんから休みの日に電話がかかってきた、それはとても珍しいことである。

ケンさん「タオさん、僕会社辞めようと思います」(゚Д゚)


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.15
僕はてっきりり、ケンさんとこのプロジェクトを大きくしていずれは会社を分けてもらおうと思っていた。 社長も実際そのようなことを約束してくれていたのだ。

タオ「なんで!!?」( ゚Д゚)

理由はこうだ、この会社ではケンさんの評価はあんまりよくない、もしこのままいてもきっと固定されたやりがいのある仕事がもらえるかわからないということだ。

僕は、社長に言って僕のプロジェクトだけを担当するようにお願いすると言ってみた。

答えは NOである。

考えてみると、それは僕の部下になるということである。

僕としてはケンさんのような方が部下にいると、これほど心強い者はないが、考えてみれば僕の勝手な考えである。僕が逆の立場ならば答えは同じ NOである。

そして、ケンさんは数ヵ月後に退職した。

しかし、これほどの人材辞めるとすぐに、他社から誘いがありすぐに職に就き、今では現地採用上がりの駐在員、タイ支店 支店長の肩書きをつけている。 そう遠くない将来、現地社長になるだろう。

今日も、彼はバンコクで持ち前の仕事への情熱を持って頑張っている。

僕も彼に負けないように、二人で築いたこのプロジェクトをさらに大きくするために今日も頑張るだけだ!

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.18
いつも読んでくださっている皆様ありがとうございます。

微笑みの国タイランドでの就職日記の内容のほとんどが回想であり、その始まりは2001年にまでさかのぼります。 コラートでの地獄の刑務所生活、プーケットへの逃避行、日本一時退却、そしてタイへ再びそして現在もタイでケンさんと立ち上げた工場の工場長兼このプロジェクトの経営を任されています。

2001年に来タイしたときには、思いもつかなかった展開です。

ここで、日記にスタイルを変えてみようと思います。 というのは、すでに日記は2年ほど前までに達しており、そこからは日本兵やベンさんのような書き甲斐のある上司もおらず、今までの日記のような時間関係が明確にならないことが理由です。

人生、楽あれば苦もありますが、このブログでは主に苦の部分を書いているのですが、今後もそんなスタイルでいきたいとは思っています。

だって、人の不幸は蜜のなんたらっていうじゃないですかw 


このブログを通して、お知り合いになれた方々とメール交換したり、実際お会いしたり、本当にこの異国の僕にとって大きな喜びです。 

これからも、よろしくお願いします。


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.26
タイの子供達は子供の頃からバイクを運転する

しかも、無法

4ケツです。 僕も人生で数回したことがあります(原チャリで)

しかし、僕は罪の意識ありました、警察に見つかったら捕まるって知っていました。
また責任ある立場になってからは、2ケツすらしなくなりました。
って自慢っぽいですが普通ですよね。


DSC00673.jpg


次の写真に注目

かごに何か入っています!


はい、子供です。 

たぶん、自分の意思で入るには若すぎる年齢だと推測されます。

それに、かなりのスピードです。 

カメラがぶれたのではないです、後ろの風景をみてもらったらわかりますが、バイクが動いているのです。

DSC01552.jpg


僕が偶然カメラを構えてたのではなく、この周辺では多くのバイクがこのような曲芸乗りをしていたので、ナイスショットできたわけです。

このように、タイの子供達は小さな頃からバイクへの恐怖心を取り除く教育を受けているといえるでしょう。


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.12.29
タイのコンビに事情は、セブンイレブンの圧勝である

日本のファミリーマートも出店しているが勢力差は10倍程度ある。

他には108とかVショップとかローカルの俗に言うミニマートが地方で多く見かけられる。


そんな中、去年チャン島に堂々とオープンした新星のコンビニがあった。


その名は 



7day.jpg


太陽の光がまぶしい...

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
プロフィール

タオ

  • Author:タオ
スポンサードリンク
月別アーカイブ