微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。
2007.07.02
人事係長の計らいによって僕は人事部長と話す機会を得た、そして厚かましいながら自分の希望をストレートに話した。

タオ「すぐに駐在員としてタイに行かしていただけるならば、このまま働きますが、行けないのであれば申し訳ないですが退職させてください」(゚Д゚)

冷静に考えると、ありえない要求である…
僕なら即効で首にします…


しかし…人事部長は了解してくれ、あとは僕の所属部署の関係者次第だとなった。

理由としてこの会社ではタイ勤務を好んで行く者がおらず、僕の他の候補者は、もしタイ勤務になるならば辞めると言ってたのである、よって会社としてはタイに骨をうずめるやつがいるならば、悩みのひとつが解消されるということであった。

そういうことで、僕は人事と僕の所属部署の会議の結果を待つことになった。 

数日後、僕は人事係長に呼び出された、その部屋には僕の所属部長、僕の所属課長もおられた。

判決のときである…(,,゚Д゚)


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
スポンサーサイト
2007.07.04
席に着き、所属部長から

所属部長「君の意向はよくわかった、君をタイに行ってもらう方向でいろいろと検討したんだけど、今タイにある仕事を考えるとすぐに行ってもらうことは難しいわな、その場合君は退職するということだけども、それは変わらんか?」

タオ「はい、変わりません。今回もこのようなことをお願いするのは厚かましく、自分勝手なことだと思っております。検討してくださったことを感謝しております」( ゚Д゚)

所属部長「そうか、それじゃー仕様がないな、タオさんの仕事を誰かに引き継ぎさせて今月末で退職ということでいいかな?」

所属課長「そうですね、タオ君あとで仕事の状況の打ち合わせをして○○さんに引き継ぐようにしよう」

と僕の退職はあっさりと決まった…

しかし、これは極々当然のことだろう、中途採用で、来て間もない人間のこのような要求を受け入れる会社などないであろう、逆にこのような人間はすぐに辞めてもらわないと他の社員に変な影響が出るだろう。

僕はこの決定を聞くまでの、自分の浮かれた気持ちがおかしくて、恥ずかしく思った。 人事係長は、やるだけのことはしたのでなんかすっきりした表情であったのが印象的である。

ありがとう人事係長…

とにかく、結果的にはこの短期間ながら大変お世話になった会社を円満(?)に退職することになった。

次なるは両親である_| ̄|○

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.07.06
会社を退社することが決まったのだが、両親にはまだ何も伝えていたないばかりか、相談すらしていない…

家に帰っても言うタイミングが…('A`)

こういうときは母親に先にいうとあれこれうるさい、先ずは父親だろうと父親が部屋にいることを確認して、部屋をノックする


父親「んーなんやー」( ´∀`)

昔は鬼のように怖かった父親も、歳をとるにつれて優しくなった、優しいというのはそれだけ僕を信用してくれているということだということはわかっている。 それはとてもうれしいことだが、僕は父親が優しくなったのと比例して、確実に父親が老いていることがとても寂しく、切ない。末っ子の長男という僕は、父親の生き甲斐のひとつだといっても過言ではないだろう、それを知っていて僕はこの年老いた父親に今から、死の宣告ほどの告白をするのである…

タオ「いやー寝てた? あのな、日本に帰ってきていろいろと考えてやな、日本で就職をすることになったんやけど、やはりタイで働きたいという気持ちが勝ってしまった。お父さんにはここまで育ててもらってとても感謝しています…」(,,゚Д゚)

黙って聞いてくれる父親(゚Д゚)

タオ「最後までわがまま息子で申し訳ないです、タイで働くことに決めました。会社にはすでに伝えてます」(`・ω・´)

父親「そうか、お前が選んだ人生やったらそれでいい、好きにすればいい、でもいつか帰ってくると言ってくれ。」( ゚Д゚)

タオ「いや、でも多分、次はタイで骨を埋めるつもりで行こうと思っている」(;´Д`)

父親「それは今の考えやろ、もうかえってこーへんって言われたら、お父さんはなんの希望もないやんか、いつか帰ってくるかもしらんと思わせといてくれ」( ´∀`)

タオ「…わかりました、いつか帰ってくるので元気にしていてください。年に2回は必ず帰ってくるから、タイにも遊びにきたらええし…」(´Д⊂ヽ

父親「おーありがとう」( ´∀`)

タオ「お休みなさい…ありがとう」('A`)


部屋に帰って、申し訳なさで一杯になった。
しかし、自分の人生である、僕は絶対に後悔しない人生を送るのだ。

僕はその時決めた、絶対に日本で働き続けるよりも幸せになろうって…精神的にも、生活レベルも…それが出来なけければ僕はただの親不孝のばか者である。

明日は、確実に反対する母親に報告しなければならないが…


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.07.09
父に伝えた翌朝、僕が起きると母親と父親はすでに朝食を食べていた。

母親「おはよう、タイにいくんやってね? そんなにあんな暑い国がいいのかね~、まーいくんやったらちゃんとしなあかんで」( ゚Д゚)

前回、タイに行ったときとは打って変っての態度である…


もっとがみがみ言われることを考えていたのに、ちょっと拍子抜けである…(゚Д゚)

父親が先に母親に説明してくれたのであろうが、それだけだけではないようである…
母親のこのような言葉があった


母親「今はあんたを助けてあげることができるけど、20年後は助けることができひんからな、自分でしっかり生きなさい」( ゚Д゚)


数十年後どうであろうが誰の責任でもない僕が勝手に選んだ道なのだということなのだ

なんか考えさせられる言葉だった…今までは塾へいけやら、良い大学に行けやら息子の将来を彼女なりに良いと思ったことを薦めていた、そしてもし僕が道でつまずいてしまったとき、母親は陰ながら支えてくれていた、しかし僕が10年後に転んだとしても、助けてあげることはできない…なんか悲しいことだ、本当は僕が両親を支えなければならないのに…


しかし、これで僕の意思が変わるようなことはない、その程度の決意ならこれほどまでに人に迷惑をかけたくはなかった、僕が選らんだ道を信じてくれた人、応援してくれた人、承知してくれた人の気持ちを胸にタイ行きへの準備を進めるのだった。

今回は2回目ともあって、いたって順調である、荷物も1回目の半分以下で収まった。

友達にも連絡し、飲みに行ったりした、彼らも慣れっこであまり驚きはなく、我々の歳になるとそれぞれの人生なので昔ほど友達の行動に意見を言わなくなったのかもしれない。

会社、家族、友達、そして日本としっかりとけじめをつけて、いざタイランドへ

そして出発の日の日本は、静かな曇りの日であった…

 

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.07.13
いつもブログを読んでくださっている皆さん、感謝です。

ブログをはじめてもうすぐ2年、そしてタイに初めて旅行にきてからまる6年そして、働き出してからも6年が経とうとしています。
ブログでは、今まさに2回目のタイでの生活が始まろうとしています。

このブログは初めてタイにきた2001年からの出来事をタイの就職を中心に回顧で書いています。一番新しい日記の出来事が、ちょうど3年前のことです。日記を書いていて思い出していると、3年前に感じたことと今感じることが微妙に違うこともあり、自分が良くも悪くも成長しているのだなと感じます。 基本的には100%ノンフィクションですが、思い出せないことや、また就職に関係ないことなどを書かずにいることも多いです。

コメントやメールの中には、とても親身になってアドバイスを下さるかたもおられ、大変ありがたく思っておりますが、もう3年前のことなので変更が効かないのですw しかし、僕ならこうするなどの意見読むといろいろな考え方があるのだと今後の自分の人生の参考になります。
そして、ブログを通じて知り合いなれた方や実際にお会いすることが出来るなど、本当にブログを書いていて良かったと思える瞬間です。

これからも、微笑みの国(?)タイランドの就職日記をお願いします。

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.07.16
2回目のタイでの就職

空港まで迎えに来てくれた、同僚の健さん( ・∀・ )

彼とは面接のときに少しだけ話しただけだが、かなり気さくな人で話しやすい。 

僕が日本で働いていたときにはなかった仕事に対する情熱というものが沸いてくるのがわかった( ゚д゚)

そう、健さんは仕事に情熱をもち、それに向かって万進している感じが伝わってくる。 そんな健さんと話していると、コラートで無心に仕事を覚えているときのやる気が再加熱したのである。

その日は会社の本社に行き、社長、そして上司のダッチさんに挨拶して工場に連れて行ってもらった。 

車中3人で談笑

これが、仕事仲間ってもんでしょ、コラート時代は車中は終始無言だった…なんだか安心した。健さんが上手く中に入って会話をつないでくれるので、僕も普段とかわらない調子で話すことができた。

こんな人もいるんだ~、僕にはないものを持っている健さんを、僕は尊敬しつつ、羨ましくも思った。

これからも、よろしくお願いします。 健さん( ・∀・)


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.07.19
タイに来てしばらくたったある日


ミン君がタイにやってきた

久しぶりの再会(・∀・)

夕食はシーロムの餃子とサービスの悪さで有名な中華料理店

ミン君「ここの餃子駄目ですわ、匂いが変です」(゚Д゚)


相変わらず、なにかにつけて文句を言わないと収まらないミン君…(;´Д`)


まー今は部下ではないので黙って流すことにする…(;´Д`)

夕食の後は、久しぶりにタニヤに繰り出すことにした。

僕達、コラート人にとってタニヤとはまさしく天使の街である…(;´Д`)ハァハァ


天使「こっちーおんないっぱい」

天使「みるだけただ」

天使「おんな、よんじゅうにんいる」


…耳を貸すと聞こえてくる日本語は汚い…(;´Д`)

しかし、見た目は天使だから、この際気にしない( ´∀`)

そして久しぶりに、ミン君とカラオケを興じる。 コラートのパラダイス以来である。 懐かしい、なんかタイに戻ってきた実感がした。

そして夜はふけていくのである…


毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.07.23
今日は久しぶりにタイのアメージングを…

タイに6年も住んでいると、大体のことには驚かなくなってくる。
友達や家族がタイに来て「すごいな~」「何あれ?!あぶないな~!」とか言っているのを聞くと、あーそんなことで驚くんだ?って思ってしまう。 そんな僕でも時々、なんだこれはと驚いてしまうこともある。 

先日、車を運転しているとなんだか汚いトラックが前に走っていた、なんだかナンバープレートがおかしい…
P1000090.jpg


近寄ってみてみると、手書き! なんなんですか??これでOKなのですか?
P1000092.jpg


更に運良く(?)すごいやつが走行中。

P1000134.jpg


下のプレートが見えないので、手書きのプレートを貼っているのかな~。 
P1000135.jpg


バーツ高、軍事政権いろいろ問題あるけど、タイは今日も平和です( ´∀`)

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ

2007.07.27
またある日

退職があと1ヵ月後に決まっているイワンさん(;´∀`)

【イワンさんの判決】

よくもまー辞めるといってから4ヵ月も頑張ったものだと、心から感心する。

タバコも車もメールまでも制限された生活を、4ヵ月間コラートですごすのは冗談抜きで刑務所生活のようなものでる。

そんなイワンさんがバンコクに遊びに来る!

もちろん僕に会いに来てくれるわけだが、本当にうれしい( ゚∀゚)

わかりやすいBTSの駅で待ち合わせをする、そのまま日本の焼肉屋に直行するが、あいにくバンコク都知事の選挙を明日に控えていたので、アルコール類の販売は禁止されていた。

タイでは仏教の日、選挙の日などアルコール類の販売を禁止する、悪しき風習がある( ゚Д゚) 仏教の日はなんとなくわかるのだが、選挙の日の前日や当日のアルコール類販売禁止がまったく理解できない、また通常日でも午前中の数時間と午後の数時間も販売が禁止されている、時々買い物へ行って困ることがある

選挙の日の禁止の理由をタイ人に聞いても、はっきりした答えは返ってこない…

一説によると

・酔っ払ったら、判断力が鈍るから
・酔っ払って次の日起きれなくて、選挙にいけないから
・酔っ払った勢いで、喧嘩になるから


とあるが決定的な答えはいまだに得ていない、いやそんな答えはないのかも…(;´Д`)

焼肉はおいしかったが、酒がなくては始まらない僕達は、酒を隠れて販売している店を探すことにした…

続く…

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
2007.07.31
禁酒日でも、アルコールを販売しているところは多いのだが、この日はそういう店を見つけるのに相当苦労した。

半ばあきらめていたところ、ある銭湯のラウンジで平気でビールを飲むことができることとなった

そこで改めて、イワンさんの話を肴にビールを飲む(ノ∀`)

イワンさんといろいろなことを話した…僕は彼がある域を脱して、ガンジーの精神に達していることに気づいた

それは日本兵を上司として置いておきながら、罵声されても聞き流す。そして、毅然とした口調で、なぜそんなことをしないといけないのですか?と聞きなおすという。 すごいことである、幼稚な僕は我慢できるところまで耐え抜いて、最後に爆発してしまった。 

アルカトラズを出所して、短い期間ではあったが2社の会社に勤めた僕であったが、イワンさんの話を聞いていて、改めて第三者としてアルカトラズは病んでいると感じた。

一番興味深かった話が、日本兵の矛先がタイ人マネージャークラスに及んでいたことである。 日本兵は基本的にはタイ人にはあまり文句を言わない人だった、日本兵が日本人スタッフは使えないという風に持っていったものだから、タイ人マネージャーに責任が増えてようだ。そんな時、日本からの大クレームが起き、その責任をあるタイ人マネージャーに押し付けたようである。そのタイ人マネージャーはかなりの功績があるはずなのだが、その風格までも失うまでに追い詰められた形である。

イワンさんとの話は、昔話から現在までにいたり飽きることがなかった。 もともと知性的なところがあるイワンさんなので、話も面白い。僕達は銭湯で一っ風呂浴びた後も( ´∀`)、場所をシーフードレストランに変え、最後はイワンさんの泊まるホテルで4次会まで行き飲みなおした。 

イワンさん、彼も間違いなく監獄内の仲間である… 

毎度あり(。´Д⊂)↓ 
アジア人気blogランキングにぽっちとな

(゚Д゚)ハッ↓こちらも応援願います
にほんブログ村 海外生活ブログへ
プロフィール

タオ

  • Author:タオ
スポンサードリンク
月別アーカイブ