微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。
2006.07.05
17時になった瞬間に退社( ゚Д゚)

やってられない

ピックアップトラックに乗り込み帰宅。

到着18時

こんなに早く家に着いたのはコラートに来て以来はじめてである。

時間の使い方に困るタオ('A`)

そして、二日目。

やはりピックアップトラックでお出迎え。

この日も、社長にメールで抗議し続ける。

休み時間

普段なら、20分くらいの休み時間だが、すでに年末の出所が決ったミン君と、時間一杯の1時間を喫煙場所で休憩( ´ー`)フゥー...

休憩時間が終れば、また社長からのメールを待ちながらクレーム処理の書類を作成φ(.. )

そして、17時がやってきた。

帰ろうとすると、車が用意されていない。

タイ人担当スタッフに聞くと、ピックアップトラックは仕事で出てしまっている。 残る日本人用高級車で送ってくれと言うと。

タイ人スタッフ「この車は万が一のために、工場に置いておけと日本兵から指示があった」という…

でた('A`)

日本兵へ直訴

タオ「すみませんが、車使っていいですか?往復1時間くらいですが…」

日本兵「何かあったら困るので、ピックアップ使ってくれる? あれ、ない? じゃー待ってれば?」( ゚Д゚)


…腐りきっている… もういいや。

僕は徒歩で工場からでることに…_| ̄|○

次回に続く…

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2006.07.10
明るい、空の下、工場から徒歩で出発。

この時は後先考えず、とりあえず工場から出たかった。

17時なので残業をしない、ワーカー達が結構外でたむろっていて、全員こちらを見る。
当然である、先週まで工場長だった僕が徒歩で家に帰ろうとしているのである、ワーカーレベルには何が起ったのか分るはずもない。

僕は工場長として、とても厳しくこのワーカーさん達と接してきた。

自然と目を合わせずに、早歩きになる…

その時、1人のワーカーが近寄ってきた。

ワーカー「タオ、どこにいくんだ?バイク乗る?」

驚きである、恥ずかしさと気まずさで僕はすぐにゼスチャーでいいよと断ってしまった。

そのままずんずん歩くと、またメンテナンスのワーカーが寄って来て。

メンテナンス「乗って。 どこまでいくんだ?」

恥ずかしさで一杯の僕は、【ありがとうと】と言って断った。

【ありがとう、コープクンカップ】このタイ語をワーカーさんに言ったのは初めてじゃないだろうか…。 

僕はこの刑務所に入ってから、地位とひきかえに大切なものを忘れてしまっていたようだ。

それから更に歩いて、工場から結構離れたところでコーラーを買って休憩していたら、警察官がバイクでやってきた。

警察官「大きな通りまで乗せていってやる、乗りなさい」

僕は、ここでバイクの後ろにのって国道まで乗せていってもらった。

そうだここは、微笑みの国タイランドなのである。

僕がタイに来た、理由なのである。

見ず知らずの人に、見返りも当てにせずおせっかいを焼くことができる人たち…

微笑みの国タイランドの国民

僕はずっとこの日を忘れないだろう…


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2006.07.12
次の日も社長は来なかった。

仕事(クレーム処理)も大方片付いて、なが~い1日を過ごしていた。

17時になったが、僕はもう車の準備がされていないのはどうでもよかった、絶対に社長に会って挨拶したら辞めてやろうと誓っていた。

そして、僕は徒歩でまた工場から出発した。
【想像してもらいたい、作業服ばかりの工場地帯にスーツ(上着は着ていない)を着た日本人が歩いているのである、すごく目立つのである】

今日は、タイ人スタッフが車で送ってあげると待っていてくれていた。

感謝感激である

スタッフは日本兵は酷い対応だと、僕以上に怒ってくれていた。

次の日も、その次の日も、誰かが僕を送ってくれた(。´Д⊂)うぅ・・

そのうち、作業員とも仲良くなり、バスの乗り方も教わりバスも自由に乗りこなせるようになってきた。 

これは楽しい(´ ∀`)

家に帰って僕はタイに来たときに買った、タイ語の本を出してきてタイ語の勉強をするようになった。

こんなに、タイの人と接する機会は今までなかった。

2年間もタイ人と働いていたのに、タイの人をこんなに近くに感じたのは旅行にタイに来たとき以来である。

確かに楽しいのは楽しいのであるが、僕のこの当時の状況は決して、心から楽しめる状況ではなかった。
それはほんの少しの自分をごまかすための幸福であった…

そりゃー車で帰りたいよ(つд⊂)ゴシゴシ
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2006.07.14
ようやく、社長がやってきた。

僕が9時前に工場についた頃には社長室に座っていた。

すぐに話したい、そしてすぐに立ち去りたい( ゚Д゚)

すぐに僕は社長室まで行ったが、あいにく電話中であった…

※社長室はガラス張りなので外からも中の様子が伺える

また自分の席について、社長の様子を伺う…

ながーい時間がたった

やっと社長が暇そうにしているのが見えた!

よし、行こうと思った瞬間、社長は工場へ行ってしまった…

そしてまたながーい時間がたった…

社長が工場から帰ってきた!

よし!と思ったら、すぐに日本兵を呼んで工場のどこどこが悪かったなどの会議を開くこととなったようだ…

この時点で、確定した

社長は僕を避けている…

なんで、この期に及んで避ける必要があるんだろう…すぐにでも話し合って辞めさせるなり、止めるなり、なだめるなりの対応をしなくてはいけないんじゃないだろうか…。

そして、時間は過ぎていった…

夕方近く、ようやく逃げ切れなくなった社長を捕まえた…

次回へ続く


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2006.07.17
ようやく社長と向き合って話すことができたのは、終業時間近くになっていた。

タオ「すみませんが、お話があるんですけど…」

社長「あーなんなんだよ」

この時点ですでに僕は、社長に10通にも及ぶメールを送っていた。

内容は、すぐにでも辞めたいというものである。
社長からは、僕を引き止めるメールが何通かきていたが、僕の気持ちが変わらないとわかると、メールの返信がなくなったのだ。

僕は、ストレートに辞める旨を伝えて、辞表を社長に出した。

社長「なに?仕事なめてる?そう簡単に辞めれるわけないじゃん、TやRが辞めるのと同じなわけないじゃん」

いやいや、この時点では引き止めるのではなく、辞めれないのが当然なんだよという作戦に出てきた…


それでも、絶対にやめる意思を伝えた。
昔、脱走した現地採用の方のように夜逃げしてもいいんだけども、円満に(この時点で円満じゃないんだけども)退職したいと懇願!

社長「わかった、じゃー6ヵ月後に退職してもいい。それまでは引継ぎや、客の管理をしっかりやっておけ」

何、いってるんですか???

6ヵ月というのはミン君の年末に退職するというよりも、果てしなく遠いんですけど…

無理だ…何とかせねば…

社長「もういい?いそがしいんだよ、辞表はまた日にちが近づいてからでいいよ」

やばい、あまりにも驚いて反論出来ない…

そして、部屋から追い出されてしまった…(つд⊂)

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2006.07.24
次の日も、その次の日も社長は僕との会話を避ける形で、退職日をあいまいにしていった。

社長「だから、6ヵ月後だろ?! 辞表? そんなもの6ヵ月後にもう一回だしてくれ」

この調子だと、仮に6ヵ月我慢したとしても、退職日をとぼけられることは必至である。

なんとか、退職日のを確約させなければ…。

そうこうしている間に、盆休みが近づいてきた…。

囚人たちが6日間の娑婆の空気を味わう日だ。

普通なら、速攻で日本行きの飛行機チケットを予約して帰るのだが、今回だけは何の用意もしていない。

なんとしても、盆休み前に辞めたい、いや辞めなくては盆休みの6日間をこの心境のままで過ごすのは僕には無理だ、嫌過ぎる…。

しかし

ああ無情に時は過ぎていく、

僕は出所日が決まらないまま、盆休みを迎えるのであった…

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2006.07.26
盆休みがやってきた…

うれしくない…

タイにいてもすることがないので、とにかく日本へ帰えることにした。

そして日本へ帰国

日本の友達と会う。

楽しいのだが、どこかで引っかかっている、僕のこころ…

久しぶりに会う友人。

悩みを相談しようと思っていたら、逆に相談されてしまい不完全燃焼…

姪っ子と遊ぶ。

無邪気に遊ぶ姪っ子たち、遠くで見つめるタオ…

悩みないんだろうな~

こんな感じで、今回の日本の帰国は楽しいものではなかったが、再確認したことがあった、


やはりタイで働きたい、刑務所ではないところで続けてタイで生活をしたい。

タイへ戻ったら、もう一度社長と話し合って、タイでの生活ができるようにしよう、

そして、タイへの帰国の日がやってきた。

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2006.07.28
タイへ帰ってきてからも、僕と社長との会話をする機会は少なかった。

そんなある日、新囚人候補としてバンコクから面接に一人の日本人がやってきた(ノ∀`)

社長との面接も終わり、採用がほぼ決定したらしい!


イワンさんは相変わらず、何をしていいの分からないまま、忙しそうに歩き回っている。

ミン君はのんびりと、怒られない程度に言われたことをこなしているようだ。

日本兵は、イワンさんができないので、タイ人スタッフにばかり指示して、その結果が芳しくないらしく機嫌がいつもにも増して悪い。

僕は基本的には、仕事はなく今までに起こったクレームや問題をまとめていた、僕に与えられた仕事は少ないが、その仕事をやる期限だけは6ヵ月もあるのだ、ゆっくりやらなければ無くなってしまう。

おそらく、工場の生産量は落ち、利益は確実に減っていっているようだ、それだけならばいいのだが出荷も間に合ってない様子。

この事態に社長はミン君をもう一度、生産に戻そうと考えているようだ、その考えが僕たちに転機を与えた! 

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

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2006.07.31
お客さんがやってくることになった、ある日。

社長はミン君に客に工場案内をさせようと指示した。

工場案内というのは、結構重要な仕事で、日本から来た品質管理の方の突っ込みを受けて答えなければならない。

今までは初めてのお客さんには、日本兵か僕しか担当したことがなかった。

大任である、それには日本兵が忙しかったという理由もあるが、ミン君のモチベーションを上げよういう考えもあっただろう。

しかし…

社長「どうだミン?できるか?」(゚Д゚)

ミン君「いや、できないと思います、ほかの人に任せてください」(-_-)

頑なに社長の指示を断るミン君…

こんなやり取りが数分行われたが、ミン君は必要以上に冷たい態度で社長の要請を断ったらしい

そして…

社長「もういいよ! お前なんか、首吊って死んでくれ!!」( ゚Д゚)

ミン君「…」

そして、社長自ら客を案内することに…

そんな出来事を、その日の昼休みに僕は喫煙所でミン君から聞いていた。

僕とミン君以外はとても忙しそうな昼下がり

僕たちは、一時間の休憩をフルに話し込んでいた、そして5本目位のタバコに火をつけていた頃 (・∀・)

喫煙場所に社長がやってきた(゚д゚)

つづく

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