微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。
2006.05.04
なんとか土曜日に休みをとってバンコクへ行くことにした。

朝の6時出発である。前日まで休みが取れるかわからなかったので、人材紹介会社とのアポはない。

朝の9時、車中で人材紹介会社に電話でアポを取った。
2年前に登録した人材紹介会社の3社は、今回は登録せず新しい人材紹介会社に登録することにした。

タイの日本人社会はとても狭いのである、会社の方と知り合いである可能性が少ない、出来て間もない人材紹介会社を選んだ。

選んだ人材紹介会社は、土曜日は半日しか営業しておらず、この日は時間との戦いになった。

コラートからバスで4時間弱、バンコクの北バスターミナルモーチットに到着。 そこから、タクシーを飛ばす。 

渋滞である…。 途中でタクシーを降りて、BTS(タイの電車)に乗り換える。

到着 (;´Д`)ハァハァ  

休息する暇もなく、そのまま面接である。

かなり、良い印象の面接担当者であった。

面接の焦点は給料である。

駐在員である僕は、いろいろな手当ても含めて10万バーツ以上もらっていたが、現地採用で10万バーツというのはかなり良い待遇である。それこそ、また工場長クラスでないとこの金額なかなか見つからない。

とりあえず、刑務所より脱出したい僕には、面接担当者の心配は無用であった。

タオ「6万バーツで充分です」( ゚Д゚) キッパリ
タオ「その代わり、就業時間が常識的であること、休日がカレンダー通りに近いことが条件でお願いします」


また、できれば職種が同じであり、バンコクに近い都市であることも条件で付け加えた。

2年前と違い、タイで工場長として実際働いる僕に対して、担当者はこれならすぐに見つかりますよと言ってくれた。

ただ、すぐに見つかってすぐに転職というわけにはいかないこと、長期的に仕事を探す旨も伝えた。

2年前の就職活動では、月給35,000バーツ以上、勤務地 全国どこでも、職種 何でもやりますといって、仕事を探していたがこの2年間で気づかないうちに自分の商品価値はUPしていた。(>_<)

その夜は、なんか晴れ晴れした気分でバンコクで飲みました。

 ( ´ー`)フゥー...


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2006.05.06
水面下での転職活動を開始したタオだったが、水面上コラートに帰ったら、現実が待っていた。

無茶な生産計画、ワーカー不足、

そして日本兵の意地悪( ゚Д゚)

工場は相変わらず、生産オーバーを続けていたのでいろんな部署が狂ってきた。

施設、倉庫などハード面の管理もおかしくなり、修理、修理でぎりぎりのところで生産が続いていた。

緊急会議

日本兵「昔も一度、これくらいの生産を受けたときは、こんなことはなかったですよ。」

社長「そうだな、タオ君が調度きたころでしょ?なんで?」

タオ「それは、徐々に作業員を増やしていったからではないですか?またその当時日本人が僕を含めて7人いましたよね、今は何人ですか?ミン君と新人のイワンさんだけじゃないですか?」( ゚Д゚)

日本兵「日本人の人数は減ったけど、タイ人のレベルはこの2年間で上がってるんで問題ないはずです。 タオさんも、だからタイ人スタッフの給料を上げてたじゃないですか?もし、日本人がほしいなら、日本人を育てないといけなかったんじゃないですか?」

(゚Д゚)カチーン

タオ「2年前は僕が、生産をメインでやっていました。だから出来たんです。 今は僕は工場長であり生産のみを見てるわけではないです。当時の日本兵さんは机に座っているだけで、数ある問題を解決していたのは僕です。 そして、その僕を育てたのは日本兵さんではなく、僕が日本で得た経験と知識そして、Rさんなどの先輩達です。」

社長「お前ら、今はそういうこと言ってるんじゃないだろ、どうやってこの局面を乗り越えるかの会議なんだよ」

いやいや社長、この局面を作ったのはあなたです_| ̄|○

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2006.05.08
その頃、ミン君は…

生産を頑張って見ていた。

頑張ってはいたのだろうが、コストや生産予算があっていない。

不可能なことが出来ないのはそれでいい。 その理由や対策が明確であれば、生産管理が出来ていたこととなる。

やることを忘れいていたり、生産の遅れなどに気づかなかったりしばしばしていた。

日本兵や社長はミン君を、2年前の僕と比べて物をいう。

ミン君も1年たったんだから使えるだろう 社長( ゚Д゚)

人の使い方が悪いんじゃないですか? 日本兵( ゚Д゚)

タオ「じゃーどうしたらいいんですか?!」( ゚Д゚)

社長「じゃータオ君が直接生産を見ればできるんだから、タオ君は机に座っていて、ミンやタイ人スタッフに電話で連絡させればいいんじゃない?そして、OFFICEから指示だして、その結果をまた連絡させればいいじゃない」

_| ̄|○  この人、何も生産が分ってない。 


実際に現場を見て、問題がどこにあるのか分るんですよ!

とにかく、崖っぷちの評価のミン君、このままではいけない。

ミン君を叱咤、激励( ゚Д゚)

僕の印象では、ミン君はどうもやる気があるのかどうか分らない。
この会社で1年もいるのだから、やる気がないともいえないが、もう少し積極的に問題に向かっていってもらいたい。

上司から文句を言われ、部下を怒り、お客さまからもクレームをいただき、これが中間管理職というものですか? 

(゚Д゚)ハッこの会社、相談できる人がいない…

疲労困憊である_| ̄|○

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2006.05.10
工場全体の生産が遅れている('A`)

そして問題発生( ゚Д゚)

PM11時の出荷のコンテナがまだ出荷されていない。 

倉庫に保管されていた、商品の数が合わない。 どこに行ったのか、分らないとの連絡。

急いで、工場まで行き確認( ゚Д゚)

倉庫の管理がめちゃくちゃである。 商品の完成がスケジュールと違うので、応用が利かないタイ人スタッフでは管理できていなかったようだ、この事態が起こるまでに連絡や相談はなかった。

タイ人倉庫管理「この生産量では、倉庫管理は無理です。」('A`)

生産人員の増員に対して倉庫の増員は間に合っていなかった、倉庫担当は優秀なタイ人だったので、てっきり仕事をこなしていると思っていた、僕のミスである('A`)

こちらの出荷が遅れれば、最悪日本行きの船に乗り遅れる、これだけは避けねばならない。

バンコクの出船係に、船の積荷のレッドラインを確認。

万が一のために社長に連絡。

タオ「そういうわけなので、最悪お客さまに今回は数量が足りないことをお詫びします。客がOKしてくれなければ、飛行機で飛ばすことも考えないといけないです。」

社長「なんでそうなるの?今回は誰が悪いの?」

どうやら、寝ていたようである、機嫌が悪い_| ̄|○

タオ「今回は僕の管理不足です」

社長「出船だけは遅らすなよ、万が一のために客には俺から連絡入れとくよ」(。´Д⊂)眠いんだよ!

そして、夜中の4時ごろまで探し、商品は見つかった

この吉報を社長に連絡

社長「あっそう?!よかったね、客には問題ないってメールで連絡入れといて、あとなんで俺がメールしないか勘ぐられると邪魔臭いので、メールに俺のパソコンのバッテリーがなくなったので代わりにメールを送りますって書いといて、じゃー」(。´Д⊂)まだやってたの?

言われた通りにメールを書くタオφ(.. )

家に帰り、着替えてシャワーを浴びて、1時間ほど仮眠をとって出社する。

その朝、このナイスな社長のおかげで日本兵ともめることになるのだった…。

_| ̄|○ 続く…

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2006.05.12
次の朝、社長がバンコクからコラート入り

僕と日本兵が呼ばれる

社長「日本兵君、昨日ローディングが遅れたの知ってる?寝ずに作業したらしいよ」( ゚Д゚)

日本兵「えっ、知りませんよ?そうなんですかタオさん?」

そうである、僕と日本兵はよっぽどのことがない限り、会話はしない。

昨日の問題も、僕の権限の中でできうることはすべてやった。 日本兵に相談しても、文句は言われるが解決策は与えてくれないのは100も承知だからだ。

社長「相変わらずだな君たちは。とにかく、倉庫管理が出来てなかったらいしよ。」

その当時僕は工場長、日本兵は元工場長として品質保証といった職務についていた。

社長「日本兵君は何やってるの?品質保証として、工場がしっかり出来てなかったら、ちゃんとできるように言ってあげるのが仕事じゃないの?」

 ('A`) この人はまた要らないことを言ってるよ。  

日本兵「そんなこと、どこまで手を出していいかわかりませんよ。僕の部下はほとんどいないし、タオさんの部下に命令するわけにもいかないでしょ!」

社長「じゃータオ君に直接いえばいいじゃん。 さっき、工場いったんだけど、倉庫の管理が出来てないんじゃない?って感じで…。」

 ('A`) もうやめてください。このあと僕の方へ矛先が向いてくるのは分っているんです。

そして日本兵も納得いかないまま、一時解散

そしてその日の昼休み、僕が工場から帰ってきて机に戻ると…

(゚Д゚)ハッ なにやら紙切れが

・A室でワーカーが騒いでいた。 ちゃんといっといてください。
・B室の床がはがれていました。
・B889の生産が遅れていましたが、大丈夫なの。
・ミン君見かけなかったけど、なにやらせてるの?


…_| ̄|○ 社長、僕はこれから毎日こんな紙切れを見ることになるんです。 これが、僕への助けになってると思いますか?

余計な、ストレスが増えただけだった_| ̄|○

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2006.05.15
この混乱した状況下であって、いくつもの新商品も生産をして出荷していった。

「忙しいので、こんなもの出来ました」( ゚Д゚) って言い訳はできないので、特に新商品の生産には気を使っていた。

数品の新商品を日本へ出荷して、1ヵ月程たった頃。

日本から、出荷先のお客さんが来られた。

生産状況の確認と今後の生産計画の打ち合わせである。

打ち合わせ終了後、コラートの夜へ食事に出かけた。

日本食屋へ着くと、乾杯である

お客さま「ほんと助かりました! ありがとうございます。タオさんのおかげです、これからも宜しくお願いします」(´∀`)

当時、28歳である僕に40代の部長クラスの方に深々と頭を下げられる。日本ではこの業界ではありえないことである。

とんでもございません、やるべきことをやっただけです…(T.T)

お客さまからの、感謝の言葉や、製品に対してのお褒めの言葉は何よりのご褒美である。

感無量である(T.T)

会社を辞めるということは、この方達を裏切るということでもある。

転職活動は水面下でやっていたが、実際行動に起こすのはまだまだ先かもしれないなと思う、単純なタオであった…(T.T)

この日は、コラートのシマタニホテル近くのカラオケ道連れで夜更けまでお祝いをしたのだった。

もちろん、社長と日本兵がいなかったのが、心から楽しめた背景にあるのは言うまでもないことである…


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2006.05.17
狂った生産計画によってやられていたのは僕だけではない。

その下で働いているスタッフ達も疲れとストレスがピークに達していた。

キャパを超えた生産をすることによって、施設は悲鳴を上げていた、これ以上連続で生産すると確実に品質が落ちる…。

品質管理スタッフ「タオさん、Rラインに異常発生です!生産をストップさせてください。」

Rライン…そこははじめから設計が少しおかしいところで、2年前から僕も社長や日本兵に修理を依頼していたところだが、コストがかかるからといって無視されていたところである。 この生産量なら異常が発生して当然のラインである。

Rラインへ行ってみる。 調べるまでもない、異常発生である。

そこには、僕が一番信頼していいる生産スタッフTがが奮闘していた。

生産スタッフTに、生産ストップの指示を伝えた。

突然生産スタッフTの顔色が変わった。 


生産スタッフT「生産量が達しなかったら、達しなかったで文句を言われ、生産計画どおりに生産すると施設がキャパオーバーで生産ストップですか!! どちらにしても、文句は言われるわけですね。意味がわからにけどタオさんが私の上司なので指示通りにしますよ!」

とても早い英語、荒い口調の英語でこうTは答えた…。

Tが僕に対して、文句を言ったのは後にも先にもこのときが初めてである。 

そして、ラインの作業員にストップに合図をするT。

その表情は明らかに、怒りであった。

確かに、この生産計画は意味がない、頭の良いスタッフなら気づいている、不可能な生産計画。 品質を維持して、数量が数倍に上がるならば誰も苦労しない。 分っていないのは、社長だけ…。 僕がまともな生産計画をたてても、すべてつき返される。 結局、不可能な生産計画を求められる。 僕は提出するときには、これは出来ない計画ですが少しでも近づけるように努力しますと言葉を添える。

そして。言葉通り努力はする。下にいるスタッフも、その指示に付き合ってくれる。 それも、限界が近づいてきたのだろうか…。

この日のTの表情は忘れられない…。

正直、相当ショックである…

社長が悪いのは分っている、しかしそれを僕が指摘して受け入れられない僕が未熟なのであろう。 

まだまだ、修行が足りないと悟った日である。

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2006.05.19
異常な生産計画は続いていたが、この異常さに慣れてきた('A`)

僕の日課は、どの生産を後回しにするか、後回しをすればもちろんお客さまに確認を取らなければならない、このような業務を続けていた。

これは、負の対応であってこんなことをしていては、いつまでたっても生産の遅れは取り返せないことは分っていた。

しかし、社長と交渉しても受け入れられない、受け入れさせられない僕の実力ではここまでであった。

本来ならば、注文をいただくということは喜ばしいことだが…

ひたすら、注文数が減ることだけを祈っていた('A`)

ミン君はというと、生産であるラインを任していた。

前回、僕が直接管理してなんとか予算をクリアした商品である。

2回目の生産だが、しっかり生産しなければ予算は達成できない商品だ。

この状況下でも、予算が達成できない商品については社長に報告書をあげなければいけない。

この異常な状況下でもだ…。

よって、できればすべての商品が予算を達成すれば僕はこの報告書を書かなくてすむ。 書くだけならいいのだが、そのあと日本兵を含めた会議が開かれる、それがとても嫌なのである('A`)

僕には優秀なタイ人スタッフが何人かいあた、それと比べても頑張ってももらいたいのがミン君である。

タイ人スタッフが出来て、ミン君が出来ないようでは困るのである。

逆にタイ人スタッフが出来なくても、ミン君には出来てほしい。

僕の望むハードルは、2年前この収容所に来たときばかりの僕のレベルである。

与えられた予算を、自分の考えそして計画でクリアする。 これである。

予算に向かって、立ち向かうミン君。

超えられない、予算。 そこで、立ち止まってしまうミン君…。

超えられなくても、超えなくてはいけない予算。

立ち止まっていても仕様がない、考えて指示して超えなければいけないのである。

仕事外では、かわいい後輩である。 普通の会社でなら、育てられたかもしれないが…この収容所では僕に時間も余裕もなかった('A`)

ミン君に厳しい言葉をかける。

ミン君もこの状況下の中でいっぱいいっぱいであったのだろう、とりあえず生産管理の職から外れる決断をした。
実際、生産から外れたとして影響は少なかったのだが、戦友を失った喪失感はあった。

_| ̄|○

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2006.05.22
ミン君はその後、社長に退職届をだした。

社長とミン君の話し合いによって、退職は今から5ヵ月後の年末らしい。

('A`) なんでそんなに先のことなの…

ミン君に聞いてみる

ミン君「なんか良く分りませんが、うまいこと流されてしまいました」

タオ「それで何するの?」

ミン君「品質保証として、工場を見回ったり、日本兵のアシスタントのようなことをするらしいです。」

おかしなことである、特に置いておく理由もないが、本社から来た人間が次々に辞めていくのでどうしても、引き止めておきたいということであろう。

社長とその件について

社長「ミンが辞めるっていってきたけど、どうなの?」
タオ「社長もご存知の通り、無理でしょう。 無理なものを押し付けて、僕は社長への報告書にミン君がやったから出来ませんでしたって書けません。」
社長「タオ君は、日本兵を目の敵にしてるね…」

そうである、日本兵は日本人に仕事を振っておいて下記のような報告をする。

日本兵「出来なければ○○君に指示したんですが、馬鹿すぎて僕の指示が理解できなかったようです、僕が気づいた時には生産が終っていて大赤字でした。」( ゚Д゚)
このような報告を平気でするのである。

これでは上司の意味も何もないではないか…。
その報告をしておいて、直接、さらに数時間のいびりもするわけである。

悲惨である…。

社長「しばらく、残るように言っといたから、考え直すかもしれないしな。」( ゚Д゚)

考え直さないと思いますよ、社長。

社長「で、イワンはどうだ?」

正直、研修中のイワンさんを見ていて無理だと思った。

タオ「あーいいんじゃないですか…?」
社長「そうだろ、あいつは出来るからな。 イワンは辞めないようにしろよ!」

はいはい、辞めないように僕は何もいいませんよ…。

そしてその後、組織変更が行われた…。

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2006.05.24
組織変更が行われた。

大きく変わったのが、僕は生産の大体60%程度を管理する。
残りの40%を日本兵が、イワンさんを使って管理する。
これで、生産を見る人間が厚くなったと思われる付け焼き刃の組織変更だ。

しかし、これは臨時的なもので、ポジションの変更はなかった。

提案者はもちろん、社長!('A`)

そして、予算の管理は日本兵が社長に報告することになった。

もともと日本兵は事務仕事が好きなのである。

そして、何人かのタイ人スタッフが日本兵の下につけられたのだった。

ミン君はというと、年末まで(あと5ヵ月)は日本兵の下で品質保証(奴隷)として残ることになった。

生産を完全に分担する、単純に僕の負担は減った…。

しかし、予算の報告書を社長にではなく、日本兵に出すことになったことが苦痛である。

そして、僕が報告書提出

その夜

日本兵から置手紙が机の上においてある。

【内容

このようにした動機はなんですか?

これが駄目だった次の対策はなんですか?


By 日本兵】


直接聞いてくださいよ…('A`)

イワンさんはというと…

全く、何も出来ていなかった…。

結局、僕も何も教えることが出来なかったまま日本兵の下になってしまったので、実際、タイでタイ人を使ってどのようにしたらいいのか分からず、ただあたふたしていた…。

日本兵が、イワンさんにいじめを開始するのは時間の問題であろう…_| ̄|○

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2006.05.26
イワンさんがあまり使えない日本兵にとって、ミン君は戦力である。

この収容所では僕を除けば、ミン君は最古参である。

1年以上も収容されているのである、工場内の知識は一人前である。

日本兵が生産管理から外れているミン君に、生産の指示をだすのは時間の問題であった…。

日本兵「ミン!○○の生産が遅れてきてるので、見てきて」( ゚Д゚)

生産を見に行くミン君。

それから日本兵に呼ばれるミン君。

日本兵「でっどうだったの?!」

ミン君は遅れていると思われる、原因を報告。

日本兵「それで?改善してきたの?」

ミン君「いや、やってません」

日本兵「馬鹿じゃない?なんでできないの?」

ミン君の反撃である( ゚Д゚)

ミン君「馬鹿なんでできません!」

日本兵がどんな、意地悪な言葉を投げかけても

ミン君「はーできないです。いや、やりたくないです、僕には荷が重いです。はい、日本に帰ります」

こんな感じである。

これではいじめ甲斐がないのであろう、ミン君をいじめるのをやめて、仕方なしにタイ人スタッフに指示をだす日本兵、しかしイワンさんには何も指示しない日本兵…

ミン君、このあと5ヵ月どうするんだろ…(>_<)


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2006.05.29
この時期に1人のタイ人スタッフが辞めた。

理由は、組織の変更、強行スケジュールによってのタイ人の使い方などなどであった。

退職を決めるまでに、何度か相談されたが、自分自信が時間に余裕がなかったことと、自身も退職しようと考えている会社に残れというのもおかしかった、それでそれとなく、流していたが遂に退職届を持ってきた。

この退職届けに僕がサインをすると思っていなかったのか、サインをすると泣き出してしまった。

いや、僕は上記のような理由で止めることはしなかったのは確かだが、このスタッフは僕がペーペーの頃から僕を支えてくれていたスタッフで、たまに僕が彼女を構わなくなったら今回のように、退職しちゃうかもと言い出して、気を引くことがあった。 実際に彼女から退職届を受け取ったのは2回目であった。

退職届を受け取った日から、数日後、このスタッフから電話かかってきた。 彼女は有給を使って休んでいたのだ。

スタッフ「今、新しい仕事が決りました。」

タオ「おいおい、何言ってるの?」

スタッフ「タオさんは、もう私を必要としていないので辞めます」
さすがに、電話で説得してみたがやはり上記のような理由のため、説得も半ばで退職を受け入れることにした。

なんか、ミン君、イワンさん、僕を支えてきたスタッフ達…

僕は守るべき人たちが、全員ではないが確実に減ってきている。

とにかく僕がこの刑務所に残る理由が減ってきているということだ。

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2006.05.31
組織が変って、僕の担当の生産が減ったこともあり、僕の担当生産は通常に戻り始めていた。

予算もほぼクリアして、余裕が出てきたのでその他の部署、出荷などの強化に取り組んでいた。

一方、日本兵担当のイワンさんチームは、あまり芳しくなかった…。
イワンさんは、日本兵に報告や相談をすることもなく、工場内をうろうろするだけの毎日、日本兵はそんなイワンさんに指示を出さず、タイ人スタッフと直接やり取りをしていた。

このままでは、イワンさんの存在意義がなくなってしまう。

日本兵>イワンさん>タイ人スタッフという、役職なのであるが、

日本兵→タイ人スタッフ    イワンさん蚊帳の外('A`)

という図式になってしまっている。

当然、タイ人スタッフは報告を、イワンさんではなく日本兵にするようになる。 イワンさんは益々、生産のことが分らなくなってしまう。

何をしているんだろう、日本兵…('A`)

日本兵はもともと生産に入って、指示を出すタイプではなく、机上から指示を出すタイプである。 

それでは、なかなか思い通りにいかない('A`)

日本兵のイライラ度は、日々上昇していた( ゚Д゚)


それは他人事ではなかった、僕やミン君に降りかかる日もそう遠くはなかった…。


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2006.05.31
日本兵のイライラのはけ口がこちらにまわってきた。

イワンさんが担当している商品が予算に達しないことに対して。

日本兵「なぜ、そんな生産の仕方にしているんですか?タオさんが来る前の生産に戻してください!」( ゚Д゚)

 おいおい、それで生産量が出来てなかったから変更したんじゃないですか…('A`)

日本兵「イワンさんの生産をしている作業員が新人が多い気がしますが、どういう風に作業員を分配してるんですか?」

 簡単な生産に新人を回すのに決ってるだろう( ゚Д゚)
日本兵「タオさん、工場長なんだから、基本的には全部管理しないといけなんじゃないですか?!」

プチッ!( ゚Д゚)
タオ「じゃーなんで組織変更したんですかね~」

日本兵「社長に聞いたら?」

 なんなんだこの人は…。

こんな感じである。


そして、決定的な事件が起こったヽ(`д´;)/

次回、お楽しみに(;´Д`) 

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