微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。
2005.11.01
僕は当時、たばこを吸っていた。 他の日本人は社長が少し吸うぐらいで吸わない。よって、喫煙場所などなく僕はいつも、外のベンチで一人で吸っていた。 ミン君が来てから、彼も愛煙家であることから、二人でよくそとのベンチで吸うこと多くなった。

はっきりいって、この喫煙タイムは超重要である。( ゚Д゚)

マラソンの給水よりも、重要である、あえて言うならば水泳の息継ぎぐらい必要である。僕がタバコを吸っていなかったら、あまりにも窮屈なこの会社の雰囲気の中で、息継ぎが出来ず気が狂っていたと思う。

そんなことから、ミン君とは休憩中によく話しをした。
実は、ミン君はこのタイ駐在が初めての海外であったのだ、しかも希望してやってきたというのだからすごい。
そんなチャレンジ精神があるにもかかわらず、一人で外を歩くのが怖いらしい('A`)だから来てしばらくは、会社と家の往復だけであった。

そのミン君の住まいは、僕のようにタイシンアパートではなく、僕もはじめ住むことになった住居である。 社長と日本兵の3人暮らしである。(T.T) 僕はGさんとの2人暮らしであった。

【タオがその住居を脱出したときの過去ブログ】

家での生活状況 By ミン君
ミン君「帰ったら、とりあえず部屋に引きこもるんですよ、そして寝ます。あの二人が寝静まった夜中の3時くらいに起きてそこから、行動するんです。シャワー浴びたり、ネットしたり酒飲んだりです。そして、朝の5時30分くらいになったらまた部屋にこもるんです。そうしたら、朝6時くらいにあの二人も起きてくる音が聞こえるんですよ。もう、嫌で嫌で…毎日泣いています」(T.T)
さらにミン君は、コラートに来てからまだ、スーツケースをほどいていないらしい…スーツケースをタンス代わりにしているという。
理由は
ミン君「いつでも逃げれるようにです」( ゚Д゚)

あの二人と、24時間共同生活を経験したミン君は、将来どんな環境も快適と思えるに違いない。(。´Д⊂)

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2005.11.02
今日は現在のお話です。

先日、タイでお葬式に参列した。 タイのお葬式に出席するのはこれが2回目だけど、やはりお葬式はできれば参加する機会がないほうがいいと思った。特に若い人の葬式は行きたくない。
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※コラートの中心にあるお寺。

亡くなった方は、僕のスタッフの旦那さんです。二人は今年の4月に結婚した新婚ホヤホヤです。
旦那さんも僕の会社で働いていました、彼は26歳の良く仕事が出来る方だと聞いておりますが、僕の部署でないので1度くらいしか見かけたことがありません。
僕のスタッフというのは、4ヵ月前に作業員として入ってきた日雇い労働者だったのですが、月給のスタッフと変らないくらい仕事をこなし、周りのスタッフからの進言もあり、月給スタッフにしたくらいの頑張り屋の24歳の子です。月給のスタッフになってからも、以前にもましての頑張りぶりでした。 実際、他の部署の方からも彼女はすごくいいねと声をかけてもらうこともあり、将来を期待していました。

その彼女が、4ヵ月の研修を終えて本採用になる日(チュラロンコーン大王の誕生日があった3連休)に実家に帰りたいので初めて有給を使いたいといってきました。彼女の実家は東部タイのラヨーンにあり、仕事場は中部タイ(旦那さんの実家の近く)にある。正直、僕は本採用になる当日(有給が発生する当日)に有給を使うんだ~っと思い、一瞬サインをする手が止まったのですが、すぐに日頃頑張っているから、気をつけて行ってらっしゃいとサインをしてあげました。

そして、彼女は単身で実家のラヨーンに帰ったのですが、悲劇はまさにその当日におこりました。彼女が帰省した夜、旦那さんは少しいつもより羽を伸ばしたのでしょうか?夜遅くに酒に酔って、バイクを運転していたところ、家の近くの通りで車と衝突して即死であったという。 彼女のほうは、たまったもんじゃない、結婚して他県に移住してきて、初めて帰省したその夜に、旦那が亡くなったのだから…。

有給をとらなければ…
帰省しなければ…

なんて考えても仕様がないことですが…。

葬式の日、泣きながら、参列に来てくださった人たちに、ワイをしている彼女は痛々しく感じた。(日本で言うお辞儀のようなもの、鼻のしたあたりで両手を軽く合わせて頭をすこし下げるような仕草)
そんな気丈な彼女も、旦那さんが火葬される時になったら泣き崩れてしまった。

帰り際に、僕は彼女の元にいって声をかけていた。 「時間がたって、よく考えて、それでうちの会社で働きたいなら、いつでもおいで」って言った。彼女はさらに泣き出して、ワイをしながら声にならない言葉を発していた。 本当はもっともっと、声をかけたかった。しかし、あの状況で僕のタイ語ではこれが精一杯だった。 いや、日本語であったとしても何を言ったらいいのか分らない…。

彼女のポジションは彼女が辞めたいというまで、とっておくことにする。正直、つらいならラヨーンに帰ることになっても残念だが、仕方ないと思う。 そうなったら、皆で見送ってあげよう。

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2005.11.04
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※写真:川で魚を獲る子供たち。 日に焼けて真っ黒でたくましい。

社長はハッタリをかまさなければならない!
僕がコラートに来たときは、白人かぶれの社長は、スイス人だかのピザ屋のオヤジを友達だとハッタリをこいた。 その後、Tさんとの調査により友達でないことが判明したのだった。

その他にも、僕が来た当日にはいろいろ、日頃はしないことをして僕に魅せようといろいろしていた。 そう、最初が肝心なのである。
たとえば、工場の敷地に落ちているタバコの吸殻を社長自ら拾ってみたり、工場内では単純作業を社長自ら行って作業員に見せたりしていた。
その日を最後に、社長がタバコを拾っていたり、工場内で作業をしているのは見たことがない('A`)  
最初だけが肝心なのである(。´Д⊂)うぅ・・・

最初だけが肝心 社長が魅せた ミン君編

ミン君がバンコク国際空港に着いたとき、社長は国際空港まで迎えに行きそして、国内線までミン君を送っていった。 ミン君が来たのは週末に近かったのでコラートに来るのは嫌だったみたいで、見送ったその後は日本兵に任せたようだ。 この見送りまでの短時間に社長はミン君に、実践していた。 

1、英語で仕事をテキパキこなす。
ミン君を国際線から国内線に送っているときに、タイミングよく電話がかかってきた。
社長「Hello!? …ペラペラペラペラ」
ミン君心の反応「かっこいいーー!英語で仕事してるよ、指示出してるよーー」(n‘∀‘)η
社長「No No No Simple is the BEST all Right!?」
ミン君心の反応「えーータイでもシンプル イズザ ベストって使うんだーーかっこよすぎる。 こんな風になりたいなーー」(n‘∀‘)η
後日、タイ人がシンプル イズザ ベストという慣用句を使わないことが判明。 いや、少なくとも当社では誰一人理解しなかったのであった。 ミン君推理、あの時は電話がかかってきたふりしてただけで一人で話していたのではないだろうか _| ̄|○
2、空港タイ人スタッフにタイ語で話しかける。
なにやら、タイ人に向かって次は英語でなくタイ語で話しかける。
社長「○○○チャイマイ?」(チャイマイとはタイ語で、ですか?みたいな言葉)
ミン君心の反応「すっすごい、英語だけでなくタイ語も話せるんだ」(n‘∀‘)η
社長「タイにいると、英語だけじゃ足りないんだよ、じきミン君も分るよ」(´∀`)
ミン君「はい!頑張ります」(>_<)
後日、社長のタイ語は俗に言う、タニヤ大学で勉強したものであることが判明(タニヤ、日本人が好むカラオケ屋が立ち並ぶ通り、夜のお姉ちゃんが優しく指導してくれる)。僕がタイ語がある程度、分るようになってから社長のタイ語を聞くと…
半分以上タイ語じゃなかった_| ̄|○

こんなすぐにばれるハッタリをする社長って…(>_<)

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2005.11.05
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※釣り、というか棒の先に大きな網がはってあって、上に魚が通ったら上げるという感じ。 2時間くらい見てたが、4匹くらい獲れただけだった。のどか~(>_<)

組織変更があってからというもの、日本兵の部下はミン君だけになってしまった。 どうも、ストレスがたまってきているようだ。 
誰かをいじめたいようだ。

当然、ミン君にもチクチクやっているが、新卒であるミン君、しかも日本の社長が直接送ってきたこともあって、いつものいじめができないようである。
そこで、日本兵のお気に入りのT君に狙いは向いてきた。
日本兵「タオさん、さっき工場でT君が、こんなことをやっていたんですが、それはいいんですか?」
日本兵「○○の生産は、誰がみているんですか? T君?なんかラインが良くない気がするんだけど、タオさん、ちゃんと見てます?」
こんな感じである。 ほっといてくれよ。('A`)
そんなある日。
社長、日本兵、僕で会議をもった。
社長「ミン君はどうだ?日本兵」
日本兵「正直、使えませんね~早くきったほうが無駄にならないですよ」
社長「まだ1ヵ月だろ、早すぎるよ、ちゃんと教えてやれよ」
日本兵「人には能力があります、その能力を早く見定めてやるのが上司の仕事であり、会社の利益になるんじゃないですか?」
社長「教えるのも上司の仕事だろ!?」
日本兵「タオさんはミン君に教えられますか?T君には手こずっているようだけど?」
タオ「手こずってるわけじゃないですよ。1から教えてるだけですから、逆にミン君ほうが、新卒なんで1から教えないとわからないんじゃにですか?」('A`) なんでここで僕にふるんだよ~。
日本兵「いや、僕は育つかどうか分らない、いや育つ可能性が低い人間を育てるのは時間の無駄だと思うんですけど。」
社長「なんなんだよ、お前らは!それでも、上司か!お前らの下になった奴がかわいそうだよ。」

そして、なぜかT君と、ミン君をトレードすることになった('A`)

T君の位置づけは、非常にあいまいで、とりあえず日本兵の組織となった。そしてミン君は、いきなり生産を管理することとなった。

タオ「社長、いきなり生産管理なんてミン君にできませんよ」(タイの当社の工場という意味)
社長「タオ君はできたじゃないか?教えてやれよ」
タオ「ミン君は新卒でしょ?僕も、簡単に出来たわけじゃないです。それこそ、必死でしたよ。今、Tさんが生産抜けたら、夜勤、誰がみるんですか?ミン君じゃ無理ですよ!」
社長「じゃーTに生産はやらせるけど、日本兵の仕事もやらせる、どうだ?」
日本兵「別にかまいませんけど」( ゚Д゚) ニヤリッ

僕の組織の仕事を、日本兵の部下であるT君が担当する。('A`)

なんなんだよ~意味が分らないよ~。_| ̄|○

こうして、T君へのいじめが加速していくのであった。

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2005.11.08
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※ぶっかけご飯屋台。ご飯にのせて、1種類15-20バーツ、2種類で20-25バーツ。選んでいるときが楽しい(´∀`)
その当時、工場にはすでに帰国命令が出ていたGさんが、残りの任期をだらだらと過ごしていた。もちろん、実務は一切なく、もっぱらインターネットに勤しんでいられた('A`)

Gさんの性格は、典型的な、弱いものに強く、強いものには巻かれろ主義である。

当初、僕が来た時は、Gさんからいろいろと指導を受けることもあったが、社長からの僕の信任が厚くなるにしたがって、20以上も歳が下の僕に媚を売るようになった。 

Gさんの生き方、媚を売る編

社長「Gさん、これやっといてもらえる?」
Gさん「はいーーーーィ喜んで」(´∀`)

日本兵「Gさんが帰ったあと、Gさんのタイ人スタッフ僕の下になるらしいから、連絡しといて」

Gさん「はいーーィ、もう伝えていますよ、日本兵さんなら皆すぐに、指示を聞くようになりますよ」(´∀`)


そして僕には、
Gさん「もう、タオさんが来てくれたから、私も何も心配せずに日本へ帰れますよ。初めてですよ、社長が日本兵さん以外の方に工場を任せたのは。」(´∀`)

ここまでいわれると、うれしくもなんともない。('A`)
しかし一転してTさんやミン君に対してはとても強気である。

Gさんの生き方、毒を吐く編

生産でノルマをクリアできなかったT君に対して。

Gさん「ほんとT君は、何をやらしても駄目だな~、なんでそんなことも分らないのかな~」
( ゚Д゚)  

Tさん ('A`)

居酒屋で、社長よりも先に料理に手をつけてしまったミン君に対して。

Gさん「ほんとミン君、君は気がつかない人だな~、社会人としての常識がなってないよ」
( ゚Д゚)

ミン君 ('A`)

そんな、Gさんも日本へ帰国してしまった。 帰国したというより、実質上の解雇なのだが…。 風のうわさでは、違う国で現在も働いているらしい。

Gさんが帰っても、仕事になんの影響もなかった…_| ̄|○   

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2005.11.09
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※ピーナッツ売り。 茹でたピーナッツ、コップ一杯10B。食べ始めたら、止まらない。(>_<)

日本兵の部下になってしまったTさんはそれはそれは酷い毎日であった。

Tさんは基本的に夜勤の担当を任されていた。 本来ならば、夜勤も僕の責任であるのだが、日本兵が担当することとなった、もちろん日本兵は日勤で夜勤はTさんに指示だけをだしてのもである。

以前、ブログにしたが夜勤の時間は過酷である。

【過去ブログ夜勤】

Tさんの場合は、夜の19時に出社してくる。
そして夜勤明け、朝7時に日本兵が出社してきて、報告をする。
そして、そこから始まる質問攻め。 質問にはもちろん回答しなくてはならない。 ほとんど毎日、Tさんはお昼ご飯を会社で食べてから帰っていた(T.T)
通常の時間に直して考えると、朝の7時から日が変って夜中の1時まで仕事をしていたことになる。 
時には、日本兵からの厳しいノルマをクリアするべく、朝シフトになっても夜勤の作業員をスーパー残業させて生産を続けていたこともあった。 もちろん、日本兵の怒りは頂点に達したのだが…なぜなら、朝シフトの生産がそのことによって遅れたからである。
そんなことまでしてしまうTさんの精神状態は…('A`)
精神を病んでしまったTさんだが、大好きなお風呂屋通いは止まらない。 コラートのソープランドは14時に開店するらしい(Tさんから聞いたんだよ(゚∀゚;))。 
当時、13時に仕事が終わって、家に帰り、自転車ペガサス(ソープランド)にGO!店に着くのが15時前、そしてお楽しみの2時間の後、また家に帰る早くても17時前である。
※家からペガサスまでは自転車で1時間ほどかかる。また自転車に乗ってスープランドに行ってたのはTさんくらいと思われる。


いつ寝てるんだよTさん、そんな生活が仕事に影響及ぼしてませんか?_| ̄|○

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2005.11.10
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※その辺で見かけるバナナの木。 タイ人がバナナをそのまま食べているのはあまり見かけない、焼いたり揚げたりお菓子にして食べることが多い。 そのまま食べてももちろんおいしい(´∀`)

Tさんへの、いじめがピークに達した( ゚Д゚)

いままでのTさんは、仕事の結果はともかく仕事に向かい合っていく姿勢は強かった。 その性格から、日本兵が「お前なんて、帰ってしまえ!」って言っても、「もう一度、やらせてください」( ゚Д゚)っていって仕事をやらせてもらおうという感じであった。
また、もともとTさんは海外旅行とかも大好きで、タイに居ることを望んでいた。

それが、そのやる気が無くなったのである。

ある日、日本兵の執拗な拷問の後…
Tさん「さっき、社長にもう辞めたいって連絡したよ」(。´Д⊂)うぅ・・・
Tさんは、駐在員なので日本の本社採用なのであるが、帰国して日本の本社にもどるのではなく、会社自体を退職してしようと言うことらしい。

社長はタイから日本本社に戻るのは、許可するが、日本の会社を辞めるのは考え直せと言ったらしい。 しかし、Tさんはすべてが嫌になったらしく、日本の会社も辞めることとなった。

Gさんに続いて、連続の退職者である。

ここで不可解なことが発生(゚∀゚;)・・・・
Tさんのコラート最後の休みに、Tさんは日本兵と二人でゴルフにいってその後、二人で送別会をしたのだ(T.T)

いや、マジで意味がわからないし…。 

なんなんだ、この人たちは!僕なら、最後にガツンと言ってやろうって感じなのだが、いや本当に意味が分らないです。
あんた、日本兵いなかったらもっとタイに居たんでしょうが_| ̄|○  

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2005.11.11
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※コラートとコーンケン県を結ぶ、国道沿いにはなぜか凧がよく売られている。1個買ってみた、ちゃんと飛ぶが紐が15mくらいしかないので風が弱まるとすぐに落ちちゃいます。(´∀`)
Tさんは帰国するため、バンコクへ向かった。

そこで事件は起こった。( ゚Д゚)

Tさんは、メータータクシーに乗って移動していた。
どこかに電話をしようと考えたTさんは、運転手に電話ボックスに寄ってもらい、電話が終わるまで待っていてもらうことに。そして、電話をかけに行った
荷物をすべてタクシーに積んだままで('A`)

タクシーはそのまま逃走してしまった。

当然である、ここは日本ではないのである。

すべてを失ったTさんは、工場に連絡してきて助けを求めた('A`)

タイ人スタッフを含めて、みなの笑いものである。

Tさん、最後までかっこ悪かったね_| ̄|○

ここで僕が来てからの日本人退職者を数えてみる。

希望退職者 3名

解雇    1名

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2005.11.12
コラートの近所の県、ブリラム県にあるパノムルン遺跡
いつものように突然行くことを、思いたつ。( ゚Д゚)
前回、カオプラヴィハーンで貸切で車を借りたことに味をしめ、今回もコラートのバス停の近くで見つけた車と交渉。パノムルンまでの往復、一日貸切で2,000バーツで交渉成立。(ガソリン代含む)
安くはないが、休みがない僕にとっては、時間こそ大切なのだ。

出発して2時間弱くらいで到着。 思ったより近い。ガイドブックには結構遠いようなことが書いてあったのだが…。
入り口から入って、まっすぐな階段の上に見えるのが、パノムルン遺跡である。 この遺跡はアンコールワット、ピマーイ、カオプラヴィハーンと同様、クメール遺跡である。(現カンボジアの神殿)
パノムルンとはクメール語で【大きな丘】という意味らしい、名前の通り丘の上に神殿はそびえたっている。
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※正面から、遺跡を望む。 実は、僕は裏から入ってしまいこの写真を最後に撮ってしまった…('A`) 運転手さん…。
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※丘の頂上にある神殿。 (>_<)
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※見事なリレーフが目に付く。ヒンドゥー教の神シヴァ。 タイ人曰く、踊っているらしい。
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※水上で眠るナラーイ神。このリレーフは一度、盗まれてアメリカのシカゴ博物館で見つかったものらしい。
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※神殿の中。 中には多くの像が祀られている。
昔の同僚、Rさんがパノムルン遺跡はカオプラヴィハーン遺跡に比べると、劣るかもしれないよって聞いていた、いやいやなかなか見所がある遺跡だと思う。
パノムルン遺跡2(´∀`)に続く

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2005.11.15
裏口から入ってしまった僕は、一度正面まで行って、仕切りなおして正面から遺跡を歩く。遠くにそびえる遺跡はなかなかの見ごたえがある。
今度、来たときは、絶対に車は遺跡の正面につけてもらおう( ゚Д゚)
そして今来た道を、今度はゆっくりと戻る。

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※遺跡を見学する、小坊主たち。 仏教国って感じがする(>_<)
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※遺跡の裏口からは、大平原が見渡せる。小さく見える山々はすでにカンボジア領だ。 島国育ちの僕には、国境というものにはいつも興奮させられる(>_<)
夕暮れ、十分に遺跡を堪能した。 コラートに帰るのが億劫である。
タイの田舎道と夕焼け、現実的ではない風景を見ながらそれでも帰宅してしまう。明日はもちろん仕事である。こんなテレビでしか見たことのない風景と、これまたテレビでしか見たことのないような悲惨な職場、うまく表現できないが、当時僕は常に夢の世界にいるという錯覚によくとらわれていた。 
目が覚めると、日本の住み慣れた部屋にいるのではないかと…
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2005.11.16
今年の11月16日、今日はロ-イカトン祭り。(´∀`)
ロイカトン祭りというのはタイ人にとって、ソンクラーン(タイ正月)に並んで最大のイベント。
川や池に色鮮やかに飾られた、灯篭を流しに行くという内容。
若者にとっては、恋人や想いを寄せている人と行く慣わしがある。(n‘∀‘)η

タオのロ-イカートン暦では1年目は、夜勤で死んでいた ('A`) よって、2年目のロ-イカトンの写真をのせます。
記憶では仕事が終わって22時くらいから出発したので、バテバテ('A`) もちろん明日も仕事だが、ローイカトンは延々と続くのです。 

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いろんな色、大きさの灯篭が売られている。 50バーツから300バーツくらいまでさまざまである。 僕は100バーツくらいの灯篭を購入。(´∀`)
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灯篭に一年の感謝の意をこめてお祈りする。そして池に流す(>_<)
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コラートの中心の、スラナリ像がある周辺の池は、灯篭でいっぱい!
そして、不審な少年もいっぱい( ゚Д゚)

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灯篭には、タンブン(お賽銭)として1・5・10バーツ硬貨をのせて流す、その硬貨を狙った少年たちが決してきれいではない、池に飛び込んでせっせっと、小遣いを稼いでいる。

僕のタンブンが、この少年に1分もしないうちに奪われました_| ̄|○

来年は1バーツにしよう…そう決心した

2005年11月16日の朝は雨が降っているが、よいローイカトンをお過ごしください。(´∀`)

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2005.11.17
昨日はローイカトン、ということで行ってきました。

場所はバンコクのチャオプラヤー川、シャングリラホテルの近く。

カトン(灯篭)は普通はバナナの葉などから作られるのが、近年、発泡スチロールなどを使った灯篭が出回っていた。環境汚染になるので、自然のもので作った灯篭しか販売してはいけないと政府から通達があり基本的に発泡スチロールなどの使用は禁止である。

そして2005年、今年は新しいカトンが販売されていた。

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パンで作った灯篭である!(>_<)発想としては、魚の餌になるということなのだろうか…。とにかく色鮮やかなパンである、絶対食べたくない('A`)  
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それでも販売している、女の子がかわいいのでパンの灯篭を購入(´∀`) 色は赤色!
そして、灯篭に一年の感謝をこめてお祈りをささげた後、川に流す。

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どこにでもいました。灯篭にのせられた金をとる少年たち、この少年は浮き袋をつけています('A`)  川の中心まで運んでくれるようです、その後お金を取っちゃうわけですが… 

僕は手で波を作って、川の中心まで自力で運びたいんだよ( ゚Д゚)

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タイ人が楽しみにしているイベント、ローイカトン。皆さん、それぞれお祈りをささげていました。

一時、強い雨が降りましたが、皆さんはいかがでしたか?

※昨日、カトンの価格を50~300バーツと書きましたが、記憶違いでした。 バンコクでは20~100バーツでさまざまなカトンが売っていました。 ちなみにパンのカトンは50バーツでした。

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2005.11.18
タイにもとりあえず、運転免許証がある。
しかし、日本のような普通自動車訓練学校は存在しない、個人で運転教えます程度の店は時々見かけるが、ほとんどの人が日本で言う飛び込みでテストを受けに行く。
普通自動車免許証も、数年前はお金で買えたらしい(゚∀゚;)
よってタイの人の運転は、めちゃくちゃである('A`)
ゲーム感覚でマシンを操縦するって感じである。

二輪に関しては、受付を済ませれば免許証がもらえる感じである。
また法律もあいまいで、県によっては何人乗りまでOKであるとか、ヘルメットは運転者のみかぶればよいなど、まちまちである。おまけに、大通りでなければ、運転免許証は必要ないとまである。('A`)

だからこんな光景も良く見るのである。

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何人乗ってるんだよ!?('A`)

君たち何歳なんですか???('A`)


タイではほとんどの方が、暴走族ではないでしょうか_| ̄|○

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2005.11.22
Tさんが退職されることと同じ時期に、僕の組織にトレードされたミン君に生産管理が出来るようにトレーニングするよう社長から指示されていた。

この工場(タイ)では、決ったものを生産していない、オーダーが入ったものを、手作りで生産するのである。オートメーション化のかけらもない工場である。 1日多品種つくることもあり、その生産が1ヵ月続くこともあれば、3日で終わることもある。その中で、タイの日雇い労働者を使って人件費を当てはめていくというのは、結構大変なのである。 理屈では1分間に3個できるものでも、人によってスピードも違うし、さまざまな要因で毎日同じ量ができる保証はないのである。

タイの生産管理は確認 確認 確認である。( ゚Д゚)
僕が思うに、工場の利益に興味が持てる人、持てない人で生産効率は全く変ってくるのである。
ミン君はというと…

後者の興味が持てない人であった('A`)

例えば今日、10,000個作らないものがあったとします。
5,000個しか作れなかったら、人件費は倍かかるわけです。
生産管理という仕事だから、生産数量を追っていくのは基本中の基本のことです。

タオ「ミン君、Aの生産は何個できたの?」
ミン君「いえ、見てませんでした。」
タオ「じゃー最後に確認したのは何時で何個だった?」
ミン君「…すみません、確認してませんでした。」

_| ̄|○ 無理だろ…何してたんだよこの人は…。

やりにくいことに、ミン君は仕事への意識が低いので、文句を言うとすぐに、

ミン君「はい、僕にはできません、帰ります」( ゚Д゚)

こんな感じである…('A`)

このミン君をトレーニングって、どうしろってんだよ社長…トレーニングしたら、帰るって言ってますし…_| ̄|○

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2005.11.23


ミン君のトレーニングの経過報告を社長にする。

社長「それは、君が求めすぎてるんじゃないか?彼は新卒なんだから、しっかり教えてやってくださいよ。日本兵はすでに使えないって言ってるけど、教え方次第だと思うよ。」(´∀`)
そうですか、そうですか、じゃーあんたが教えてみてくださいよ('A`)

そんなある日、社長とミン君が工場に一緒に入ることとなった。
以下ミン君談 工場内にて

社長「ミン君、どうだ? だいぶん慣れてきたか?」(´∀`) 至極ご機嫌
ミン君「はい!」( ゚Д゚)  緊張
社長「今、生産で何を管理してるんだ?」(´∀`)
ミン君「はい、Aの生産管理を任されています」(>_<)
社長「そうか(´∀`)、でどうなんだミン君、君はAを自分で作ったことあるのか?」

そして、Aの生産ラインで作り方を聞く社長。

ミン君「いいえ、まだ自分で作ったことないです」(>_<)

社長「馬鹿野朗!お前は何やっているんだ!!」(`Д´)ノボヶ

そして、怒りまくって工場を出て行く社長 ( ゚Д゚)

ミン君 (゚ω゚; 彡 ;゚ω゚)
記憶では、その後社長は僕に、

社長「タオ!あいつ、厳しく教えないと全然駄目だよ」( ゚Д゚)

だから、厳しく教えたら帰っちゃうんですよ彼 _| ̄|○

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2005.11.24
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※タイでよく見かける牛、とても細い(>_<) タイ人はあまり牛肉は食べない、肉質は固くジューシー感がない。

工場で働く作業員は日雇い労働者である。
当時コラートの最低賃金 145バーツ/日であった。約400円である。 タイの工場の生産管理の仕事は、この労働者たちとの戦いといってもいいだろう。( ゚Д゚)
工場内では彼女たちと戦い、オフィスでは日本兵という同胞であるはずの執拗な攻めにあう毎日…_| ̄|○
(゚ω゚; 彡 ;゚ω゚) 味方からの攻撃のほうが激しいんですが…
基本的にこの方々は、兼業農家をやっている方が多い。 そして、コラートの位置するイサーン地方(東北地方)では中学を卒業してない方々が多く、大抵は小学卒である。仕事は学歴ではないと思うが、なにぶん文化が違うので仕事や規則への考え方が違うのである(;´Д`) 

一番困ることは、人の出入りが激しく一定した人を雇っておけないこと。 

今日、30人雇った人が明日には10人辞めていたりします。会社にも問題があるが、友達が辞めたから辞めるみたいなのりもある。実際、田舎の村々から、車を皆でチャーターして来ているので、その村で2,3人くらい辞めてしまうと車代を払うのが苦しくなり、辞めてしまうケースもある。
さらには、稲刈りの季節だから辞めますみたいな、そしてまた稲刈りが終わったら働きにきますみたいな…('A`)

彼らのよく休む日

・ローイカトンなど、会社の休みじゃないイベント日。
休んでもいいから、先に言って下さい。('A`)
・雨が降った日。
雨が降っている朝、今日は作業員来るの少ないだろうなって思うのが日課なってしまった。('A`)
・給料日の翌日
…(゚∀゚;)・・・・おいおい
手作業が多い工場では人の出入りは品質面に直接影響してくる。

微笑みの国で、微笑むことが出来なくなってしまった_| ̄|○

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2005.11.25
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※ウィークエンドマーケット(チャトチャック)で売っていたサル、この子の他にも、きっと捕まえてはいけない生き物がたくさんいる(゚∀゚;)

海外で生活がしたい。 そしてやってきたタイ。
そして、思ってもいない過酷な職場…なぜに耐えれるか…。
日本(両親、友人、会社、自分)への意地があった。

今年に入って、ローカルニュースでタイのチェンマイに駐在していた日本人が自殺したという。理由は、帰国願いを聞き入れてくれなかったという。
その他にも、タイの大学にきていた交換留学生(日本人)が自殺したという。理由は成績不振で悩んでいたという。

本当の理由はわからないが、海外で生活をしていて精神的に追い詰められるということはよく分る。
僕はタイで働き始めて、半年~1年の間精神的に非常につらい期間だった。その頃、始めたのが、仕事が終わってから書く自伝小説である。
タイに来るきっかけから就職活動、出会い、職場などなど、
そうこのブログの元になるものである。
誰かに聞いてもらいたい、話したい、しかし職場でほとんどの時間を過ごすのでそんな時間はない。というか、日本兵が原因なので本人に言っても仕方がないのですすが…('A`)
それが今、ブログで紹介されているのだ(>_<) よって内容は、4年前からさかのぼるのだが、かなり詳細に書くことができるのだ。
それは100%真実である(。´Д⊂) 
いつか、ブログが現在に追いつきます。それまでは、僕もこのブログの読者のようなもので、日記を読んではブログにしています。その後は、現在のタイの生活を直接ブログにしていけたらと思っていますφ(.. ) 


僕は2002年の7月、8月は絶不調でした_| ̄|○

日本に帰りたい…(T.T)

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.11.28
こんな会社ではあるが、盆と正月は休みである。会社の休みは4日程度であるが、前後に2日くらい休みをつけたして交代で休みをとる。
僕とシフトを組むのは、もちろん日本兵( ゚Д゚)。 同じ役割が出来るのが彼しかいないから必然的にそうなる。
休みは8月12日の王妃様の誕生日を起点に考えるので、日本の盆とはずれることもある。

日本兵と僕のコミニュケーションはほとんどなし( ゚Д゚)

仕事以外では、全く話さない日もある。(>_<)
社長「タオ、お前休みいつにするか決ったか?日本兵と話し合って早く決めとけよ」(´∀`)
僕も早く決めたいですよ…('A`)

タオ「日本兵さん、社長がこうこう言ってるんですが、どうしますか?」
日本兵「( ゚Д゚) ムス あーまだ考えてなかった、もうそんな時期か~、社長何日休んでいいっていってた?」
タオ「前後に2日3日足していいって言ってましたよ」
日本兵「そう、また考えときますよ」
今考えましょうよ('A`) もう8月なんですが…。
それから数日後

日本兵「あのタオさん、僕前半休みとりますから、いいですか?」
はいはい、どちらでもよーございます。( ゚Д゚)
ようやく決った、盆休み。

実は親友マンモス君が、タイに遊びに来るって言ってたのだが、キャンセルになったので急な帰国準備となった、約8ヵ月ぶりに日本である。精神的にまいっていた僕にとって、重要なピットインとなった。(>_<)【正月の帰国は散々であった】今回の帰国は何もないことを祈るタオであった。

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2005.11.29
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※子供は皆かわいいが、タイの子は目が大きくて特にかわいい気がする。この子は、猫とダンスを踊ってくれた。

帰国の前日…強制的にハンドキャリーをもって日本へ買えることが決定('A`) 空輸で日本で送ると高くつくので、僕たちの帰国にあわせて多くのサンプルを僕たちの手荷物として無料で運ぶのである('A`)

僕に渡された、サンプル総重量10Kg 大きさにして14型テレビくらい (T.T)
これだけならたいした量ではないのだが、自分の荷物を合わせれば結構な量になる。また、僕は飛行機では荷物を1つにまとめて、手荷物にするのだが、今回はそうはいかない。 こんな大きな荷物を持って、コラートバスターミナルから、バスに乗り込む。他の会社でコラートからこんな大きな荷物をもって、バスで4時間かけて空港に行かせる会社ってあるんですかね?と荷物を隣の席において物思いにふける。

到着、久しぶりのドンムアン国際空港
お決まりのバーガーキングで食事をすませて、搭乗。
何回乗っても、飛行機は好きになれないが…無事日本に到着(´∀`)
日本である、早朝5時である。 ハンドキャリー品を郵送屋に持っていって、送らなければならない。('A`)
運悪く、空港の運送屋は閉まっている。 空港直結のJR線にのって、ハンドキャリー品は実家の駅まで到着。 そこから、タクシーに乗って実家まで連れてきてしまったハンドキャリー品。 
とてもとても、眠いが近くの運送屋が開く時間まで、待機。('A`)
ようやく、送り届けてお使い終了である。

両親、姉との再会を楽しむ。 姪っ子もさらに大きくなって登場!

かわいいヽ(A`*)ノ おー刑務所から仮出所してきた叔父さんだよ。

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2005.11.30
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※タイ米の量り売り、1Kg 約30円ほどから売っています。 日本と同じように米の種類、グレードがある。 

人生において、日本を離れた最長記録です。

盆から正月はだいたい4ヵ月、正月から盆は8ヵ月、はじめてこの間隔の長さを体感しました。正直、あの会社でしかも地理的にコラートで軟禁状態で8ヵ月はすごいです。そんな、感じでこの帰国は意味のある帰国でした。

久しぶりの日本はとても美しく、友達は温かく迎えてくれた。 年に2回だからだろうが、とてもありがたい。(。´Д⊂)うぅ・・・

親友のマンモスと会った(´∀`)
【マンモス列伝 in Phuket】

僕が二人で信号なしの横断歩道を渡るときに、僕は車が来ているのに手を斜め下に出して、とまれの合図をだして渡ろうとした。
マンモスがとっさに、僕の腕を掴んで止めた。

マンモス「タオ、ここはタイじゃないからあぶないし」(゚∀゚;)

日本の道路を運転した(´∀`)
左折の際に、信号が赤の状態で2回ほど行ってしまった( ゚Д゚)
タイは左折は、信号が赤でも行っていいところがほとんどなのである。

やばい タイ化してる…

毎日が、充実していた。(>_<)

あっという間の、6日間 再び刑務所に戻るときが来た。('A`)

再びタイに到着 ドンムアンからタクシーに乗り込んで
タオ「パイ モーチット!」 (バス乗り場に行ってください)

この時、タイに来たのではなく、タイに帰ってきたと感じた。
過酷な刑務所生活であるはずなのに、この感覚は自分でも驚いた( ゚Д゚)

そして工場到着、前半休みの日本兵は工場にすでにいた('A`)

日本兵 ( ゚Д゚) ムス 「タオさん、工場内のワーカーがうるさいようですが…何やらしてるんですか?」

普通日本どうだった?とかの会話から入るでしょ _| ̄|○

僕、今帰ってきたんですけど…



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