微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。
2005.10.03
よく、タイ関係の質問BBSでこのような質問がある。

夜のタクシーは安全ですか?
料金をぼったくられたりしませんか?


僕はトゥクトゥクなら、ぼったくられたり、スリリングな体験をしたことがあるがメータータクシーではこのような心配はあまりない( ゚Д゚)

先日、日本から友人が来た。
友人「あれ何?」
タオ「はっ? メータータクシーやで」
友人「マジ? 怪しすぎる」(゚∀゚;)・・・・
タオ「うーん、きれいやん!」

20050930100354.jpg            20050930100330.jpg

最近、カラフルな色のタクシーが増えてきた。

ピンクオレンジ黄色他いろいろ

タイ人はカラフルな色が好き。

日本人には怪しく見えるらしい。

友人とタクシーに乗ってみる。

友人「あのータオ、写真と運転している人の顔が、どう見ても違うんですけど…」(゚Д゚)ハッ
タオ「そうやな、車誰かから借りてるんとちゃう?」
友人「…そんなんできるの?」

今まで僕が出会った、変なタクシー。

・75バーツくらいで100バーツだすと、お釣りがないといってくれません。
・道が混んでいるから、降りろといわれたことがある。
・俺の会社はそっちじゃないから、行かない、違うタクシーに乗れといわれたことも。
・メータータクシーなのに、料金を交渉してくる運転手。

やっぱり、怪しいタイのタクシー。
タイ質問BBSでよく話題になっている、当然ですね。

アジア人気blogランキングにぽっちとな
スポンサーサイト
2005.10.04
Rさんが帰って、組織変更があってしばらくたったある日。
今日は社長がすこぶる機嫌がよい。

社長「ほんと、タオ君が来てくれて儲けがすごくでてるよ、今がこの会社の最強メンバーだな。 Tも、なかなかいいと思うよ。 これからもっと、この会社を儲けさせて下さいよ。」( ´ー`) 
こんな、風に言われれば、誰しもがまんざらではない。 なんか、頑張っちゃおうかなと思う、単純な僕とTさんである。
track.jpg 写真:トラックの下に、ハンモックを吊るして昼寝する運転手。
それから数日後、僕が訳があってしばらく会社を休むことになる。
※この時のブログはまた後日。 
今まで生産はほとんど僕が計画や工程の確認、コストだしをやっていたが、この機会に一部、Tさんもこれらを自分で担当することになった。

数日後、僕が久しぶりに工場に出勤、なんか会社の雰囲気が違う。
社長のご機嫌が、すこぶる悪い。(゚∀゚;)・・
社長「オペレーター! すぐにTを呼び出して来い!!」(゚Д゚)
工場にいるTさんが呼び出されて、やってくる。

社長「馬鹿野郎!! お前が言ったことは全部違うじゃないか!今、お前は何をやっているんだ!!!」
怒鳴り散らされる、Tさん。

聞くところによると、コストを間違えたり工程表と違う工程で生産をやっていたのを気づかずに流していたり、やることなすこと社長の目に留まって、今では社長祭り(何をやっても怒られる)というくらい怒鳴られているようである。

僕が、休みをもらうとき、「できます!ぜひやりたいです」って社長に言っていたTさんの影はなかった。

社長はTさんを引きずるように、工場に連れて行き工程の説明をさせる。
しかし、タイ人もTさんも全く理解していなくて、とても変な工程で生産している。しかも、作業員のおしゃべりがとてもうるさかった。

社長「T-----------------!!!!!」 ( ゚Д゚) コラーワレ
叫ぶだけではなく、今日は軽く蹴りがTさんに入っていた。

(゚∀゚;)・・・・この時期から、昼間は社長がTさんをかなり教育(?)することに、そして社長がバンコクにいたり、早く帰った夜は工場長からのいじめをうけるという、Rさんと一緒の状態になったのであった。
そして、社長祭りと工場長のいじめはずいぶんと長く続くのであった…。 

数日前、社長が言っていた我が社最強メンバーの一人が、
こんなにも簡単に脱落したのでした _| ̄|○  


アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.05
いつものように、体だけを休める休日すぐにやってくる月曜日、現実逃避にガイドブックに載っているコラートの観光スポットに出かけることにする。 今日はバーン・プラサートに行ってみる( ゚Д゚)
ノンエアコンバスで1時間ほど。
バスをおりて、すぐのとこにモータサイがたむろっているので交渉。
往復40バーツくらい。

遺跡説明 
発掘された先史時代の土器や人骨をそのままのかたちで、保存している遺跡博物館である。3千年ほど前からここに人々が住んでいた証拠となるもの。 ※説明以上抜粋させていただきました。

20050920105048.jpg             20050920105102.jpg

遺跡近くの民家、ハンモックなどがかかっていてのどか( ´ー`)。

20050920105115.jpg             20050920105132.jpg

結構、きれいな状態で土器や人骨が保管されている。 
とはいっても、日本にいるときは全く興味がなかった分野である、タイに来てもやはりあまり人骨には興味がわかない。('A`)
さくっと見て、終了。
しかしここまで来るとタイの田舎の雰囲気が味わえる。 僕には人骨より、民家を見て回るほうが面白い。

コラートでの仕事以外の記憶、1つGET( ゚Д゚)

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.06
日本の姉から電話があった。
親父の胃に腫瘍が見つかったらしい。( ゚Д゚)
手術をすることになったのだが、手術の前に一度タイに来て僕の生活ぶりを見たいと言っているらしい。手術は2週間後なので、今週末にでもタイに来ないといけない。親父は僕と同じくらい、飛行機嫌いである、その親父が一人でタイに来るとはただ事ではない。

はっきり言って、親父と会う最後になるかもしれない。日本の家族も、親父一人では不安なのだが、いかんせん急すぎるため同行できるものがいない。 

3泊4日の週末をはさんでの日程。 せめて、土曜日を休ませてもらって、金曜夜中から日曜日は親父と一緒にいてあげたい。

土曜日を休ませてもらえるよう、社長に相談(`Д´)
社長「馬鹿野郎、親より大切なものなんかあるもんか!ずっと一緒にいてやれ」( ゚Д゚)
日曜を含めて4日の連休をいただくこととなった。 (。´Д⊂)ありがとうございます。

親父無事に来タイ。
僕が小さかった頃は、とても厳格なだった親父。そのイメージが強く、僕が大きくなってもなかなか遠慮があって話せなかった。

何年ぶりかに、二人で外食。 (´ ∀`) 
二人でバンコクの街を歩く。 (´ ∀`)
日本の孫たちのお土産を選ぶ (´ ∀`)
二人並んでの足の裏マッサージ(´ ∀`)

お酒を飲まない親父とは、なかなか照れくさくて話せないことも多く、お互い気を使っていたがそれでもこのような時間が持てたことに対して、社長に感謝していた(T.T)

親父が帰る最終日の朝。

ホテルで朝食をとって、部屋に戻る。 携帯電話にMISS CALLの表示。
社長である。 食事に行っていた30分程度、携帯電話を手放していたため、電話をとることが出来なかった。

折り返し、電話をかけようとした矢先に再び着信あり。
タオ「お疲れ様です、タオです。」
社長「馬鹿野郎、なんで電話に出ないんだよ!、お前は休みでも世界は回ってるんだよ!!お前の都合で仕事は止まってくれないんだよ!!!」ボケーーーー(`Д´)
(゚∀゚;)・・・・MISS CALLから10分もたっていない…、僕と親父の最後になるかもしれない一時を大事にしろっていってくれたんじゃ…
社長「Tが、工程分らないんだって!すぐに調べろて教えてやれ!!」
万が一のために持ってきた、ノートパソコンを開く、工程を調べてTさんに電話する。
Tさん「ごめん、間違っちゃった」(;´Д`)ノ本当に、たいしたことのない用件だった。 僕に聞かずとも、品質保証のファイルにもこの工程表はもちろん置いてあった。 

親父「もういいよ、ありがとう。 会社に戻ってあげなさい」

お父さん、一度帰ります。 ごめんなさい。(。´Д⊂)
コラートに帰っても、僕がすることは何もなかった。最後の別れができなかったことが心残りの僕は、親父の帰国便が夜中出発だったので、再びドンムアン空港に向かい、もう一度親父の顔を見にいくことにした。 しかし、携帯を持たない親父とは、あいにく会うことが出来なかった。※コラート-バンコク間 約4時間
_| ̄|○  またまたコラートに帰るタオ。 後味悪すぎ…。

※手術から4年、まだまだ元気な親父! またタイに来てください。

アジア人気blogランキングにぽっちとな

2005.10.07
タイで一番多い車の種類はピックアップトラックです。
20051005131549.jpg
こんな感じに、後ろの荷台に何人も乗ったりします。

pick.jpg
こんな感じに、荷台に思いっきりココナッツとかを積んだりします。

とにかく、とても便利なピックアップトラック! なぜか、ISUZUのピックアップトラックがタイでは大人気。 ※最近、TOYOTAも人気がある。

会社にもこんなピックアップが数台ある。

ある日、17時頃に社長と工場長はお客さんの接待があるからといって先に帰ることとなった。 通常は、乗用車で僕も一緒に帰るのだが、今日は彼らは先に帰るらしい。

社長「タオも、一緒に飯行くか?紹介しとくよ!」
滅相もございません、僕はまだまだなので皆と最後まで仕事を終えてから帰ります。(゚∀゚;)
そしてなぜか、僕の代わりに連れ出されるTさん。

そんなわけで、僕は一人でピックアップで帰ることとなりました。
ギアはもちろん、ミッションです。
一応、ミッションの免許証をもっているのだが、8年くらいまともに運転していない…。 
しかし、そんなことはお構いなし、一人で帰ることが出来るうれしさでいっぱい。

(`Д´≡`Д´)これクラッチ? ここ何速? 

ウィーーーーン なんとか発車!

エンジンをうならせながら、ずーっと3速で帰るタオ( ゚Д゚)

この日から、時々一人で帰ることになりました。 超ラッキー(´ ∀`)y

この会社のおかげで今では、ピックアップを手足のように乗りこなせるようになりました。
(`・ω・´)シャキーン

アジア人気blogランキングにぽっちとな

テーマ : 海外生活

ジャンル : 海外情報

2005.10.08
日本とタイでは文化が違う、よって日本人とタイ人の仕事の仕方も当然違う。
タイで企業で働くためには、ちょっとした条件をクリアしないと駄目である。
【ビジネスビザ(取得条件)】をとって来タイし、さらにワークパミット(労働許可証)を取得しなければいけない。
手続き用の書類はほとんど会社がそろえてくれるので詳しくはないが、簡単に言うとタイ政府はタイ国にとって有益な企業、人材でないと労働許可は出しません、だからそれを確認できる資料を用意しろということである。

会社は選択できるが、人物は自分次第である。

アルク社出版の海外で働く2001年度版【海外で働く2005年度版】をタイで働く前に読んで確認したことがある。
タイ政府が労働許可を出しやすい人物の学歴と職歴
学歴:(大卒)もしくわ、それに相当する職歴
職歴:日本での職歴が数年(5年程度)あること。職歴が特殊技能を要するものであると良。
などなど。
この書籍には、このほかの国の条件も記されている、当時の僕にはタイの条件が比較的他の国に比べ、ハードルが低いように思えた。
タイ政府は、その人物がリーダーになってタイ人に特殊技能や仕事のノウハウを教えてくれる人物を求めているようだ。

僕は日本での職歴が3年しかなかったが、大学の専攻が専門的であったため、在学4年のうちの2年が職歴として認められ合計5年ということになった。 このような学歴、職歴とともに、就職後どのようなポジションで従事していることや、部下が何人いるかなどを書類にして、タイ政府に提出するのである。 

僕の場合は大学の専攻と日本での職歴内容が一致していたこと、タイで従事する職も一致していたこともあり、結構すぐに労働許可書を受け取ることができた。(´ ∀`)y

僕が就職して4ヵ月ほどたったある日。
工場長「おっさん!あんたのせいで、余計な仕事が増えるんですよ!!」
??(`Д´≡`Д´)?? おっさん? 年齢層が若い当社では工場長より年上なのはGさんと社長だけである。
工場長「Tよー、おっさんの職歴の年数が足りないから、今回もワークパミット(労働許可証)の申請で認可されなかったんだよ!!」

Tさんは、遠回りして大学に入学してそして、みんなよりゆっくりと卒業したらしい。よって、僕や工場長より年上だが職歴は少なかったのである。

工場長「あんたのせいで、俺は嘘の書類にサインをしないといけないいですよ!どうしてくれるんですか???」
Tさん「スミマセン」('A`)
社長の判断で、Tさんが大学在学中に当社の日本の会社で、準正社員として働いていたという嘘の経歴を申請することにしたのである。
要は働きながら、大学に通っていたということにしたわけです。

でも、そんなTさんを、タイに送ってきたのは会社でしょ…。
Tさんもなんで「スミマセン」とか謝ってるんですか_| ̄|○

アジア人気blogランキングにぽっちとな

テーマ : 海外生活

ジャンル : 海外情報

2005.10.10
20051010071559.jpg


写真:内容とは関係ないが、タイは数年前より緑茶ブームである、多くのメーカーがいろんな種類の緑茶を販売している。
(゚Д゚)ハッ 赤色の液体に、漢字で緑茶って…。


本題
当時、当社はインターネットでLANやADSLはまだ使用していなかった。
いわゆるアナログ回線であるため、一人が使用していると他は使用できなくなるわけである。

会社の回線は全部で2本。

A回線 社長と年配のGさん。
B回線 工場長、僕、Tさん、その他。
こんな感じである。

B回線のほうは、僕らは工場長が使っていない時に、自分たちのパソコンに回線をつないで、メールなどを受信するのである。
これは結構つらい! 工場長がいるときは、ネットでニュースなどを見ることは、まずできない。仕事関係のメールと個人のライフラインである、HOTMAILの受信メールをすばやくOutlook等に保管するだけで精一杯である。

A回線は社長は基本的に週の半分はバンコクなので、週の半分はGさんのものである。しかし、社長がいるときにたびたびトラブルは起こるのであった…。
※Gさん、数ヵ月後に帰国を控えたおじいさんである。

Gさんはいつものように、机に座ってなにやら作業をしている。
社長「Gさん! 今、何やってるんですか?!」
Gさん「あー、昔の工程表の整理をしてるんですよ。」
社長「ネットやってませんか??」
Gさん「やってませんよ」(゚ω゚; 彡 ;゚ω゚)
社長、Gさんの机に行き確認。
社長「繋がってるじゃないですか!」
そういえば今朝、孫にメールを送ったとか何とか、説明をするGさん。
繋ぎっ放しの契約をしてないから、使っているとき以外はネットを切断するよう説明を受けるGさん。

また別の日
社長「Gさん!またネット使ってる??!」( ゚Д゚)
Gさん「あわわ、あわあわ 使ってないです」(゚ω゚; 彡 ;゚ω゚)
社長すばやく、Gさんの机に行く。
社長「使ってるじゃないですか!?頼むから、仕事以外で使うの止めてくれる! やるなら、家でやれば?」
こんなことが4,5回あった。

Gさん、インターネットを使っているって、なんでばれるのかなかなか理解できなかったんだよね。 
あんたが、ネットをやっているときは、社長がネットできないからすぐにばれるんですよ。
いつも、パソコンを真剣な表情で見て何をしてるんだか…。( ゚Д゚)

アジア人気blogランキングにぽっちとな

 
2005.10.11
いつものコラートの休日。特に行くところも、やることもない。
週休1日の我が社は、楽しいのは土曜日の仕事帰りだけ、日曜日の正午を回るとすでにブルーな気分になってきます。('A`)

何かしよう!(゚ω゚=) 防犯対策?
東南アジアは治安が悪いという。よって今日は家の防犯対策をすることにする。
※コラートは治安もよく、危ない目にあったことはありません。野良犬は除く。
我が家、タイシンアパートメントの部屋の扉には、通常のドアノブにある鍵の他に、外からしか、かけられない南京錠をつけるスペースがある。 
簡単につけることができる南京錠を買いに行くことに(´∀`)
Big-cやLotusという大型スーパーマケットに行くのは、ちょっと億劫なので、歩いて5分くらいの市場で購入。 おばあちゃんが100バーツだよと差し出してくれた南京錠をもって帰宅!
早速、南京錠をかけてみる、大きさもばっちりである(>_<)
では開錠してみる??あれ(`Д´≡`Д´)??あれ
開かない! 開かない! どうやってもこうやっても開かない!
市場に戻って、おばあちゃんに助けを求める。
何を言っているのか、分らない…。 英語は全く理解してくれない。
僕のタイ語のすべてをもって交渉ヽ(`д´;)/
タオ「パッド マイダーイ」(開かないよ)
おばあちゃん「○■△×…」 意味不明。ジェスチャーから、持って来いよ交換してやるからと判断できる。
持ってこれたらいいんですが、鍵が取れないんですよ…。

らちがあかないので、アパートに帰りアパートの守衛に相談。
数ヵ月、暮らしてるだけあって僕のタイ語を理解してくれる(T.T)
ジェスチャーで、俺に任せろの合図。 (n‘∀‘)η ハイ
20051007161713.jpg         20051007161658.jpg
写真:アパートの守衛にかわいがられていた犬、名前をロンという。ロンとはタイ語で【捨てられた】というような意味であるという。友達がいなかった僕は、この犬に鶏肉などを与え手なずけようとしていたが、あまりなつかなかった_| ̄|○ 。

守衛 鍵を一応開けてみる。 ダメ
守衛 なにやら、ペンチのようなもので鍵を切ろうとする ダメ
守衛 南京錠を引っ掛けるところ(ホックというのかな)をペンチで引きちぎろうとしてみる。 ダメ

その間1時間半くらい守衛は格闘してくれる。

(;´Д`)早く、部屋に入りたいよ。 汗でべチャべチャである。
守衛Bがやってきて、守衛Aと相談。 

守衛A&B ドアをペンチで叩きだして、南京錠が引っかかっている場所をほじくるように穴を開けだした。
(゚∀゚;)それっていいの…。
直径8cmほどの大穴を開けて、南京錠はドアの木ごとはずすことができた。

守衛A 笑顔でドアを開けてくれる。 
僕が穴を指差すと、近くの部屋に貼ってあった丸型のシールをはがしてきて、ペッタっとその穴に貼ってくれた。

ヽ(;´ω`)ノ ありがとう… でもこのシール人のものだし…。
去っていく守衛、疲労するタオ、過ぎ去る休日  _| ̄|○

教訓 1、南京錠や鍵は一度、はめる前に鍵が合っているかどうか確認する。
教訓 2、邪魔臭くても、近くの市場よりはスーパーマーケットの方がよい。
教訓 3、ステッカーを貼っておけば、大きな穴があいていても、見た目はごまかせる。(僕が住んでいた約2年間貼り続けていました。)
教訓 4、暇だからといって、防犯グッズを買うものではない。
  
 

アジア人気blogランキングにぽっちとな



テーマ : 海外生活

ジャンル : 海外情報

2005.10.12
タイはマッサージがとても盛んな国。
タイ古式マッサージ、フットマッサージ、オイルマッサージなどなど。
H系のマッサージも多い中、普通のマッサージはトラディショナルマッサージと看板に書いてあるとガイドブックに説明されている。

僕は旅行できたときにフットマッサージを2時間してもらった。
料金はバンコクで2時間-300バーツ。 安い!(´∀`)
コラートにもマッサージ屋が多数存在する。 僕はコラートでマッサージを受けたことがないが、Tさんは大のマッサージ好き。
我が家、タイシンアパートにもマッサージ屋がある。

夜10時ごろに仕事が終わっても、Tさんは、わざわざタイシンアパートまで来て、2時間のマッサージを受ける。

また、日本からお客さんがきて、宿泊先のホテルまで送迎してあげたときも、そのホテルのマッサージへ立ち寄り、なにやらマッサージ師をチェックしている。 ものすごい気の入れようである。
そして、休みの日などにどうやらチェックマッサージに、行っているようである。

ある日、僕はあまりにもTさんが熱心なので聞いてみることにした。
タオ「別にどこでもいいじゃん? なんでわざわざ遠いところまで行くの?」
Tさん「いや、ちょっとでもかわいい子にもんでもらったほうがいいじゃん」(´∀`)
まっ、腕前が同じくらいであれば、かわいいにこしたことはない。 
当然である。( ゚Д゚)
しかし、僕はあまりその当時マッサージに興味がなく、ふ~んって感じだった。

それからしばらくして、Tさんが入社した頃に辞めた人と会う機会があった。
Tさんって、マッサージ行ってスペシャルしてもらうのが好きなんだよね。

スペシャル? ??(`Д´≡`Д´)??
そう、タイのトラディショナルマッサージでも店にもよるが、マッサージ師によっては、Hなこともしてもらえるところがある。また、オイルマッサージだとほぼ確実に、スペシャルマッサージのお誘いがある。

Tさん、だからあんなに熱心にマッサージ師をチェックしてたんだ(。´Д⊂)
なんであんたは、H系になると人が変ったようにはりきるんだ…。

ヽ(`д´;)/  というか、僕が聞いたときになぜ教えない! 
この日から、Tさんに裏切りを感じ始めたタオであった…。 
そんな僕も、今ではマッサージ屋にいくと先ずかわいい子を探すのが習慣になっているヽ(A`*)ノむひょぉぉぉ!

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.13
20051012161011.jpg
写真:タイシンアパートの近くでたまに、犬が売られていた。ダルメシアン風である。 価格は確か1,500バーツくらいだと思う。癒されたいがためにたまに見に行っていた。 

その日は突然やってきた、天にも昇るくらいうれしい日の始まりである。
そう、工場長が友達の結婚式で日本へ帰国するのである。(>_<)
3泊4日である、社長と工場長は僕らと違って囚人でないため、自由に刑務所から出ることができるのである。そんな、愚痴はともかく今日から4日間この会社が普通の会社になるのである(´∀`)
社長は相変わらず、バンコクとコラートを往復するだろうが、社長の嫌度(怖さ度とは違う)は工場長の5%にも達しないから問題外である!

基本的に生産は僕が管理しているので問題はない。いつも、問題を作っているのは、小姑のような工場長なので、至極スムーズである。
Officeにも活気がある、日本人同士の何気ない会話がある(>_<)
笑いがある(>_<)
問題があったならば、助け合い、協力、がある(>_<)
社長への報告も、直接できるので、報告を曲げられたりされないので理解してもらえる(>_<)

働いているって感じがする(>_<)
※いつもは、監視されながら働かされてるって感じね

そして仕事帰り、普段僕は住んでいるところが違うことを理由に、皆と夕食をともにしていなかったが、今日は違う!(>_<)

Tさんと二人で【スイス人だかが経営するピザ屋】へいくことにする。 ここは僕が初めてコラートに来た時に社長に連れて行ってもらった店である。※そのときのブログ参照。
ハイテンションな僕らが入店すると、白人のおじさんがとてもWelcomeで迎えてくれた。 Tさんなどは抱擁しているではないか(>_<)
あの時、社長に対してもこんな感じで迎えていた。
今日は、暇なのか話しかけてくれる。 Japanese?
僕は初めて、コラートにきたときにあなたの友達(僕の社長)にここに連れてきてもらったことを、得意げに話す。
白人のおじさん (´∀`) 「I Can not Remember your BOSS!」
社長、友達のはずじゃ~…(。´Д⊂) 白人は友達の名前も姿形も忘れるんですね。 
この日から、社長はホラ吹きだと断定された(>_<)
嘘つきではなく、言うことが大きく、そして言ったことをとても都合よく忘れる方なのである。 

とても便利な性格である 

いろんな発見もできた、コラート就職以来、最高の日々である、活きているって感じである。しかし、楽しい日々というのはすぐに過ぎ去るもの…。

最終日の夜、僕は神様に、日本-タイの飛行機が落ちてくれるように祈ったのは秘密である。 

しかし神はいないのである。
翌日、工場には相変わらずムスッとした日本兵が座っていた_| ̄|○


アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.14
帰国したRさんから以前、タイで一番お気に入り遺跡を教えてもらった。
カオプラヴィハーンである。
場所は、タイの最東部シーサケット県の近くのカンボジア領にある。
そこは、カンボジア領であるにもかかわらずタイ側から行くほうが便利で、しかも1日以内であればビザが必要ないところである。
しかし、カンボジアの情勢は不安定であるため、度々タイ国側の入り口を閉鎖してしまうことがある。一度閉まれば、それがいつ開くのかまったく分らないのである。

幸運にも、工場のメンテナンスで2連休になった(2連休っていうのかな?)タイの観光庁に確認すると、カオプラヴィハーンは開いているらしい、かなり遠い場所にあるので、日帰りは難しいのでこの機会に行くしかなかった(`・ω・´)シャキーン
ガイドブックには載っていないので、インターネットで行き方を調べる。 結構、行きにくそうなので2日で帰ってこれるか不安ではあったが、先のことは考えずに行って見ることする。

先ず、コラートからブリラム県までバスで移動。
エアコンバスでいけば早いのだが、血迷ってノンエアバスに乗ってしまいすごく、体力と時間をロスしてしまった('A`)
たぶんエアバスならば2時間でいけるところを6時間近くかかってしまった。
20051005151618.jpg ブリラムのバス停
すでに昼の2時すぎである。
ほんとはここから、またバスでシーサケット県まで移動するのだが時間も体力もなかったので、ブリラムのバスターミナルで車をチャーター。
1,500バーツでいきなり、カオプラヴィハーンまで連れて行ってくれた上に、観光終了後ブリラム県まで送ってくれるという
ヽ(A`*)ノそれ最高!彼の4WDに乗り込んで出発! 彼は2時間くらいで着くという。
バスで行けば、まだまだ6時間以上はかかると思っていたところがたったの2時間である。 朝のロスタイム回復(´ ∀`)y
17時頃到着!
タイ国側の国境で、タイ軍兵士と運転手がなにやらもめている。

運転手「今日は、もう門を閉めるらしいって」( ゚Д゚)
(`Д´)はーあんた、さっき遅く着いても大丈夫だっていったじゃんか?!とはいっても、兵士が守る中、駄々をこねても仕方がない。
カオプラヴィハーンのふもとにある、小さな町まで送ってもらう。
運転手曰く、明日また迎えに来てやるから全額(1,500バーツ)払えという。
( ゚Д゚) こいつ絶対来ないしと思い。1,200バーツだけ払い、明日来たらさらに500バーツ払うことで交渉成立。
そして、この何もない小さな町のホテルで1泊する。

20051005151640.jpg 何もないが結構広い部屋である。 500バーツ

夕食はこの山奥の町で、なぜか料理を注文してしまうタオ( ゚Д゚)マズー
エンターテイメントのかけらもないこの町、20時にはベットについていた。 

明日に続く

アジア人気blogランキングにぽっちとな

続きを読む »

2005.10.15
翌日早く寝たので5時には目が覚め、町を探索してみることにする。
朝市をやっていたので腹ごしらえ( ゚Д゚) ハッ。
20051005152943.jpg 20051005152858.jpg
変なものがいっぱい売っている、グロテスクな小鳥の丸焼き、虫などなど。 
腹ごしらえ…(゚∀゚;)

そして約束の時間には、やはり、昨日の運転手はやってこなかったので、乗り合いの車でカオプラヴィハーンへ出発! 待っていると馬鹿を見る。

昨日は通ることが出来なかった、タイ側のゲートを通過、そこからは歩くらしい。
20051006090405.jpg
20分くらい歩くと、小さな村が現れる。そこで入場料を払う。
タイ人20バーツ、外国人200バーツ 
ここはカンボジア領だから、カンボジア人以外は皆外国人なのだが…特別料金なのである。 

20051008133813.jpg

料金を払うとそこには急な石階段がある。階というのだろうか、延々と階段を上って、5階が頂上だという。 各階ごとに、城がありそれぞれに見ごたえがある。(´∀`)
登っているうちに、僕の周りには数人のカンボジアの子供が一緒に上り始める。道案内をして駄賃をもらおうというらしい。 かわいらしいので、一緒に登る。
20051013102141.jpg  20051013102155.jpg
写真:各階にある砦って感じのもの。
そして1時間ちょっと上り続けると、頂上についた。(。´Д⊂)


眼下にはカンボジア領が広がっていた。 何もない。

ずーーーと続く森林である。 すごい(>_<)

良く見ると、舗装されていない道がある。 そこを進めばアンコールワットにたどり着けるのだろうか? とにかく、今までに見たことがない風景が飛び込んできたのである。 そのまま放心状態で感動してしまった。

20051013102847.jpg   20051013102808.jpg

一息つくと、一緒に道案内しながら登ってきたカンボジアの女の子が、カンボジアの紙幣を売ろうと、違うタイ人に交渉している。
そんな、交渉もなんだか微笑ましく見える。

また来よう!( ´ー`)  
僕が刑務所(会社)を出所(退職)するまでに、また絶対来よう!

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.17
タイ人の日本人へのイメージはどうなのか?
第二次世界大戦中、タイは日本の占領下に置かれなかった国である。
植民地時代に、アジアで植民地ならなかったのは、日本とタイ王国だけというから、実はなかなか外交が得意な国なのか…。
しかし実際は戦時中は、悪名高き泰麺鉄道建設などによって、日本兵はタイ人にも、重労働を課して多くの犠牲者を出させていたので決して、日本人のイメージは良くないはずである。
しかし、タイに旅行にくると、タイ人は日本人が大好き(表向きだけかも…)である、Welcome!って感じである。 なぜ?
20051013085417.jpg
これ【メナムの残照】という小説の影響も少なからずあるのではないか?
内容としては、タイ人女性(アンスマリン)と日本兵(コボリ)の禁断の愛のドラマである。このコボリという役柄はとても好青年的で、こんな日本兵が粗野で野蛮な行為ををするはずはないと思えるのである。 
また映画ではこのコボリ役を、タイの国民的アイドルBirdことトンチャイが演じてしまったことにより、日本人=コボリ=Bird=とても優しくてかっこいい。という図式が成り立った。
※勝手に決定しています。

しかし、当社社内では日本人とは泰麺鉄道を建設した日本兵のイメージそのものである。 
工場長=日本兵=日本人=チャイラーイ(意地悪) という図式が成り立っている
※工場長の容姿は大戦中の日本兵のイメージにぴったりである。

そんな訳で、当社のスタッフはコボリ神話を信じているものはいない。

日本兵がタイ人に対する非道

・常にムスッとした顔で仕事をして、何かあったら怒鳴り倒す。
・ちょっとかわいいスタッフが入ったら、隣に座り写真を撮ったり、髪をなでたりし、そして卑猥な言葉を投げかける。
・スタッフの昇給やボーナス時には無関心で、社長に給料アップなどは進言しない。
・ストレス発散のために、タイ人スタッフを会議室に呼び出して泣くまで尋問する。


まさに大日本帝国万歳である _| ̄|○

我々日本人スタッフの中でも、度々工場長を日本兵と呼ぶので、このブログでも当社工場長=日本兵と書くことがあるのでご了承ください。('A`)

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.18
毎日、19時に工場の昼のシフトは終了する。夜勤があれば20時からはじまるのだが、ないときは工場は終了である。

そして、はじまるいつものいじめが…('A`)
19時過ぎになると、工場長が今日何をやったのかTさんに質問(尋問)する。 Tさんは工場長の机の前にたって毎日報告する。

工場長「今日のあなたの仕事はなんですか?」
Tさん「製品Aを予算通り製造することです」
工場長「タオさん?! Tさんの今日の仕事は製品Aを予算通り製造することで間違いないですか?」
タオ「はい、そのように分担しております」('A`)もういいじゃん俺に最初から聞けば…。
工場長「でっ?予算は達成されたのですか?」
Tさん「いいえ、少し足りませんでした」
工場長「少しというのは、いくつですか?」
Tさん「700個です」
工場長「700個というのは少しなのですか?いくつにたいして700個なんですか?それは全体の何%ですか」
Tさん「10,000個に対してなので7%です」
工場長「タオさん?!このおっさん、7%という数字を少しと表現してるんですが、数学的に7%は少ないという見方ができるんですか?」

タオ「7%というのは、少なくない数字ですね。ただ、この生産の予算として10%の幅を取っていますので人件費、出荷期日等は問題ないですね」
工場長「人件費とか、出荷期日のことは聞いていないんですよ!このおっさんにそんなことまで分るわけないでしょ! で、7%という数字は小さくないんですね?」
工場長「タオさんも7%は小さくないといってます、僕もそう思うんですけどどうですかTさん?」
Tさん「そういわれると、小さくないです」
工場長「じゃー予算を達成できなかったあなたは、今日は仕事をしていなかったと判断されてもしょうがないですね」
Tさん「仕事をしてないわけじゃないです…僕だって…」

こんな感じで2時間以上経過

工場長「おっさん!あんたが、馬鹿だから僕とタオさんの貴重な時間が失われていくんですよ。僕とタオさんの2時間分の給料を時給で払ってください!

そして、計算機で時給を計算する日本兵('A`)
ここまで来るとTさんも無言である。本当に払うのかどうか分らない様子である。

そして、いきなり

工場長「タオさん、帰れますか?」
('A`) はい、2時間前から帰れます。
そう、いじめに飽きてきたのである。
そして、皆で同じ車に乗って帰るのであった。 
工場長「Tさん、今日は何食べに行きますか?」
Tさん「8番ラーメンはどうでしょうか?」
工場長「じゃー8番行くか」

そして、食事に行く日本人達。 僕は途中で降ろしてもらってアパートに帰る。 
不思議なのは、なんで日本兵と一緒に飯が食えるんだろう理解できない_| ̄|○

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.20
タイ人の転職率は非常に高い。
理由の一つが、転職をすると一気に給料があがることが多いからである。
もう一つの理由が、単純に仕事が嫌だからだ('A`)

タイ人は大変、ストレスに弱い人種でありちょっと嫌なことがあればすぐにそこから逃げようとする傾向があると思う。
※もちろん、日本人より頑張られる方も多い。
当社では大卒の従業員(スタッフ)は10人採用して、3ヵ月後(試用期間後)2人、3人残ればよい方だとしている。逆に、3ヵ月間で人材を見極めるために厳しくする。 

当社の3ヵ月間の研修を終えることが出来たならば、根性だけは一人前だと断言できる。 それはありえないくらい、怒鳴られるからである。
そういう僕も、この会社の社風に習ってタイ人スタッフと接します。

退職願の受け取り方(´Д`lll)

・工場内で、完全に間違っている新人スタッフを怒る。
Officeに戻って、机を見る。 退職願が置いてある。('A`)
・ボーナスがでる月、数人からの退職願を受け取る。('A`)
・昇給月、昇給が少ないからといって退職願を受け取る。('A`)
・もっと、楽しい仕事がいいからというスタッフから、退職願を受け取る。('A`)

もう、慣れっこである。 そして、こんな人達が辞めることに寂しさは感じない。ヽ(`д´;)/

しかし、一人とても記憶に残るスタッフがいる。
僕が、新人だった頃、社長や工場長から駄目だといわれていた新人スタッフ、ネーさんがいた。 使えない奴だと分っていて、なぜか僕の下につける二人の考えが深すぎて僕に分らない('A`) 、がとにかく僕の最初のスタッフだった。
彼女は体が強くなく、結構休んだりする。 しかし、根は真面目で頑張り屋であった。 それでも、日本のスペックで物を作るということはタイ人にとって容易に理解できるもではなく、僕は何度も彼女を怒った。自分でもびっくりするぐらい大声で怒鳴ったこともある。 あーもう、明日は来ないだろうなと思っていても、次の日は誰よりも早く工場のラインに入っていて、昨日教えたことを実践しているのであった。
数ヵ月すると、僕のスタッフの数はぐんと増えたが、ネーさんはその中でも一番僕を理解してくれる頼りがいのあるスタッフになっていた。
しかし昇給のとき、社長や工場長の評価が良くないのでいくら僕が待遇について評価しても取り合ってくれなかった。
社長「あーあのよく休むやつだろ、まだいたの?」
工場長「タオさんはマネージャーなので、そこまで考えなくていいです」

いや、マネージャーだから考えないといけないんじゃないですか!( ゚Д゚)

ある日、彼女が退職願いを持ってきた。 理由は大学院に進学したいからだという。昇給の件か?とたずねると、私は駄目なスタッフだからしょうがないという。 僕は残ってくれるように、懸命にお願いしたが彼女も泣き出してしまった。 ネーさんは、大学院を卒業したらまた戻ってきてもいいかと聞いてきた。
僕は承知した、そして工場で一番偉くなってもっともっと正当な評価をしてあげることを約束したのである。

しばらくして、ネーさんの送迎会がタイ人スタッフによって行われた。ネーさんレベルのスタッフでは日本人は出席しない、よって誰一人呼ばれていないが、僕は直属の上司だったので呼ばれた。僕は社長にお願いして20時からはじまるパーティーに出席できるように帰らしてもらった。
社長「タオ、行くのは勝手だが、そんなことやってたら先が大変だぞ」 ( ゚Д゚)
不機嫌な社長を押し切り、一人送迎パーティーに出席する。

パーティーも終わり、最後にネーさんとお別れするとき、信念をもって教えていたのなら、僕は絶対に言ってはいけないことを言ってしまった。
タオ「きつく怒って、ごめん」
しかし、ネーさんは笑顔で答えてくれた。
ネーさん「一生懸命、怒ってくれてありがとうございました」
僕はこの件から、この会社で力(決定権)を持つことを欲した。それは、いつか戻ってくるかもしれないネーさんのためというのが始まりだった。 

この日から、僕は仕事人間と化すのであった (`・ω・´)シャキーン

アジア人気blogランキングにぽっちとな

2005.10.21
会社の人たちは、基本的に日本食を毎日食べる。
なぜなら、規則にタイ飯を食べるなとあるからである。理由は頭が悪くなるらしい。もう一つの理由は、日本兵がタイ料理を食べれないから、社長が考慮して作った規則と思われる。
20051021072843.jpg
※見た目はすごい、クウェティオエンタフォーピンク色のスープ 写真はさらに唐辛子を入れたもの

昼食や夜食は日本食屋さんから出前してもらったり、会社で作ったりする。夕食はみんなででかけるのだが、僕は夕食までも日本兵とご飯を食べたくないので、別行動でタイ料理を中心に食べていた。
会社の規則ではいけないのだが、そんな生活してたらやっていけない( ゚Д゚)

コラートの日本食レストラン
・地鶏の黒田
・道連れ居酒屋
・Fujiレストラン(タイ人用レストラン)
・8番ラーメン
・姉御(2003より)
あとは、なんちゃって日本食レストランが数件ある。

味は、日本で食べるものと比べることはできないが、僕たちコラートに住むものにとってはありがたい聖地である。
しかし、これだけしかないから気をつけないと、日本兵と別れた後に、うっかり日本食など食べに行ったら、ばったりと会う可能性はとても高い! そんなリスクは犯せないため、僕は夕食は日本兵が食べることができないタイ料理を食べるのであった。

そんなある日の帰り道、今日は社長も一緒に食事へ行く。
そして、コラートに住んでいる人たちの話題になった。

社長「こないだバンコクの○○でうどん食べてさー、それがすっごくうまかったんだよ」(´∀`)
一同 感心したフリ

社長「コラートにいる奴は、味がわからねーからな、なんせ黒田なんかで満足してるくらいだから、あのうどんの味はわからねーよ」(´∀`)

一同 (゚ω゚; 彡 ;゚ω゚)  そして (゚Д゚)ハッ 無言

社長!僕たちもコラートにすんでいるんですけど…。 僕たちはちょくちょく社長や日本兵みたいにバンコクに行けないので、
僕たちは黒田で満足しないと仕方がないんです。 
分ってください_| ̄|○


あなた、言ってることすごく失礼です、そしておかしいです。 

社長は自分の失言に気づかないまま、その例の黒田に、食べに行ってやるって勢いで、その日は向かいました。

※黒田様、コラート在住時代は大変お世話になりました。バンコクでもたまに、なつかしくてバンコク店にお邪魔しています。

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.22
来週の月曜日はバンコク近郊のサプライヤーへ社長と行くことになった。 だから、土曜の夜からバンコクへ行って日曜日は久しぶりにバンコクを満喫することにする(´∀`)
工場長はいつも土曜日は早退して、飛行機でバンコクに向かう。
当時、バンコク-コラート間は1日1本しか飛んでいないため、飛行機の時間に合わせて予定を立てなければいけなかった。
※現在は廃便になったと聞いています。('A`)

社長電話で「タオくんも、一緒に工場長と飛行機でバンコクへ来たらどうだ?そのほうが、バンコクでいっぱい楽しめるだろう?」
タオ「ありがとうございます。ですが、飛行機嫌いなもので、後ほどバスで向かいます。」1秒でも一緒にいたくないのに、なぜ花土(花金は週休二日の場合、週休1日では花土ですね?)の夜に日本兵とフライトをするのだけはごめんである。( ゚Д゚)
そんな訳でバスで移動、夜中の12時くらいにバンコクに到着。
そのまま、ホテルにチェックインしてすぐ近くの飲み屋で久しぶりのバンコクを満喫する( ´ー`)フゥー 

次の日も、バンコクで日本の文化を味わえるところに入り浸り。
久しぶりに、日本の書籍を手にする。(´∀`)
日本食レストランへいって、3食の食事(´∀`)

20051022073522.jpg
※バンコク名物、完成途中で資金がなくなっちゃったビル(T.T)

そして月曜日の朝

工場では朝の7時に出勤している。 当然のように、朝の7時にバンコクオフィスに出勤。

誰も来ていない、そのうえ鍵がかかっているので入れない('A`)
7時30分 まだ誰も来ない('A`)
8時 ようやくスタッフがやってきて、中に入れる。しかし、社長はまだ来ていない('A`)
8時45分社長「やータオくん、おはよう! 早速だけど…出発するか?」
早速じゃないんですヽ(;´ω`)ノ ずーーーーと待ってたんです。
僕は、あなたがバンコクにいても、僕たちに強制している7時出勤を、自ら実行していると信じて疑いもせず待っていたのです。

ようやく分りました。 
あなたがバンコクにいる時は、朝の7時台、8時台にあなたからの電話はもちろん、メール着てない理由が_| ̄|○

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.24
海外で生活していると、たまに無性に日本が恋しくなるときがある。
僕の場合、体調が悪いときに日本がとても恋しく思う。
20051024091208.jpg
※こないだ、薬局で買った薬。 クリックしてみてください。漢字で毒薬って書いてあります。タイ語では【ヤーアンタラーイ】危険な薬って書いてあります。 表現の仕方を変えてほしいです。

コラートでは、囚人のような生活であるためさらに自体は深刻である。
実際、熱が39度以上あろうが僕は会社を休んだことがない。
自分の体調が悪くて休むことなど、考えられない。
ましてや、盆と正月以外に日本へ一時帰国するなど100%無理というものである。

ある日、熱が39度以上でていたが、段取りをつけるためその日1日仕事をやり終えた夜、20時頃。さすがにやばいと思い、明日は休ましてもらおうと日本兵に伝えてみる。(;´Д`)ノ

タオ「日本兵さん、相当体調が悪いので申し訳ないですが明日は休ませてもらいたいのですが、段取りはTさんにお願いしておきます」
日本兵「別にいいですよ、問題はないということですね?100%タオさんがいるときと、同じ生産ができるんですね?」
タオ「何かあったら、Tさんに電話入れるようにいっときます。」('A`)
日本兵「Tさん?! 明日、タオさん無しで、すべての生産目標は達成できますか?」
Tさん「はい、達成できるように頑張ります」
日本兵「頑張るじゃないんですよ! 仕事なんだから頑張ったけど、出来ませんでしたって答えてもらっても困るんですよ」
そんな感じでどんどん、Tさんに突っ込みが入っていく。('A`)

もういいよ~(。´Д⊂)

タオ「もういいです。 明日も出社するので大丈夫です。聞かなかったことにしてください。」
日本兵「そうですか。 タオさんもっとTさんに、仕事とは何かを教えておいてください」

僕の風邪は1ヵ月位、治らなかった。('A`)
唯一の日曜日に、毎週コラートのキリスト系の病院へは行くが…。

医者「I Can Speak Japanese」
マジ?! よかった~(。´Д⊂)うぅ・・・
聴診器を胸に当てながら
医者「痛くないよ~」(´∀`)
そりゃ痛くないでしょ、聴診器を当ててるだけじゃ('A`)
それからは、タイ語と英語だけになってしまった。

えっ?それだけ?? Japneseはそれだけですか~(゚∀゚;)
そして、とてつもない種類と色の薬を渡され飲むのであった…。
当たり前のように、薬の飲みすぎで胃を壊すタオであった_| ̄|○

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.25
日本では新入社員の季節である。

コラートでも、大きく組織変更がされた。

我らが社長が、日本の会社の副社長も兼任することとなった。
工場長は工場長のままではあるが、社長が日本へ帰国することが多くなるため、取締役として就任。 そして僕は工場長代理として、コラートの工場の責任者として就任することとなった。
この組織変更により、僕と日本兵はタイでの仕事を実質2分して担当することとなる。 
その他の日本人は、工場勤務ばかりなので全員僕の下の組織に属することとなり、日本兵の組織には一人の日本人も配属されなかった。
これが、社長の新しい組織作りの始まりだった…。
※今後、工場長と書くとややこしいので、工場長は日本兵と記します。

しかし、日本兵に日本人スタッフがいないのもおかしい話である。
そこは社長、考えがあった。 

社長「日本から、新卒を一人タイに送るから、日本兵面倒見てやれよ」(´∀`)
日本兵に手渡される、履歴書。
日本兵じーーーと見つめる。 

日本兵「タオさん、この履歴書みてみて」
履歴書を見てみる。 (;´Д`) これバイトの履歴書?
とても平凡な履歴書。 いや、自己PRの欄にはとても印象深い内容が記入されていた。 
自己PR:見た感じ、暗い性格だといわれますが、実際は明るい性格です。
以上

(T.T) なんなんだこの自己PR…。

工場長「明るい奴で、見た感じ暗いとか書く奴いないよね~ww、絶対すぐに泣いて帰るよ。もし帰らないとしても、ちょっといじめたらすぐ帰るし。 会社のためにならない人材は必要なし」( ゚Д゚)
同感である。まだ実際、会ってはいないが、このレベルの人間を送ってくるとは、恐るべし日本本社である。(゚∀゚;)・・・・
その新入社員君はすでに日本で、研修を受けている様子である。

新人君が電話で社長と話している。
社長「大丈夫だって? みんな歳も近いし、助けてくれるよ。…大丈夫だって、英語なんてすぐに話せるようになるから。 まー期待してるから、気をつけて来てくださいよ」(´∀`)

歳が近い…確かに、しかし助け合い?? 
英語なんてすぐ話せる??
 
同じだ (゚Д゚)ハッ 僕が面接したときと似すぎている。_| ̄|○

適当すぎる…

僕の面接の過去ログ

そして新入社員君がやってくる日がやってくるのである。

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.26
今日は、囚人(新駐在員)が日本から送られてきて、収監される日である。('A`) 日本兵の部下になることから、社長が日本兵自らコラート空港に迎えにいくことを指示している。 

18時頃に飛行機は到着する予定である。 僕たちは工場でラインの変更。 工場からオフィスに戻ってくると、調度やってきました。新入り囚人。

新入り囚人はまだ、着慣れていない上下のスーツを着て、僕たちに挨拶してきた。 僕たちは、ようそこ来たね!って対応は出来ず、逆にぎこちなく挨拶をした。 

そう憐れみを隠せずにいた

('A`) かわいそうに、明日には日本へ帰えりたいって泣いてるよきっと。

僕は日本兵の直属の部下になる、新人ミン君はかなり早い段階で退職すると考えていた。 その日は、日本兵とミン君とGさんでそのまま食事にいった。僕たちはまだまだ仕事が残っているので、またの機会に歓迎会をすることを提案した。 
日本兵がいない工場内はとても和やかだった(´∀`)

僕たちは、このミン君のことはすっかり忘れて、普通の会社の雰囲気にもどったオフィスを満喫するのであった。

ありがとうミン君、君が来たことは無駄じゃなかった、僕たちに幸せな時間をつくってくれたから。



次の日は、ミン君はGさんの案内でコラート見学をすることになり出社はその次の日ということになった。
※後日、ミン君にきくと、Gさんは一日休みをもらったにもかかわらず、小2時間位ザ・モールを案内してくれただけでどっか行っちゃったらしい。

そしてその翌日、ミン君出社 

日本兵の下で、何やらやっている('A`)
基本的に日本兵は、すぐには怒らない。獲物を自由に泳がしておいて、それを観察、監視して怒る理由をメモしている。 その間、何の指示も、教えもしない。 新卒のミン君には、何をやっていいのか全く分らないのである('A`)

これが、ミン君の刑務所生活のはじまりである。
このとき、僕はミン君と将来長い付き合いになるなどとは、全く思いもしなかった。(T.T) 

アジア人気blogランキングにぽっちとな
 
2005.10.27
タイに住んでいると、良く耳にする言葉がある。
【タイ化】である。

タイ化とは、タイ人と同じような感覚をもった人間になるといった感じのニュアンスである。

良くも悪くもタイ人の気質を勝手に挙げてみた。
※全員がそうではない。
・時間を守らない。(極めてマイペース)('A`)
・謝ることがほとんどない。(謝ったら負け?)('A`)
・つらいことからはすぐに逃げる('A`)
・お客さまに対して、お客さまと思っていない。ヽ(`д´;)/
 物を売ってやってるみたいな勢いすら感じる。(゚∀゚;)
・すぐに人助けをする。(バスで年寄りが立っているのを見たことがない)(´∀`)
・優しい。 とても世話好きで、手伝ってくれる。(´∀`)
・ツボにはまらない限り、怒らない。(´∀`)

ただ日本人がタイ化してるといわれることは、決してほめ言葉ではない。

僕がタイ化してるといわれた話
それは、僕の初めてのタイ正月ソンクラーン(水掛祭り)に日本から友達が遊びに来た。 日本で仲の良かった、女の子の友達である。
会社もこのソンクラーンだけは休みである。 そこで、プーケットにいくことになった。 
20051026131817.jpg
※バンコク、カオサン通りのタイ正月 

水掛祭りとは、乾季が終わる頃にあたり、水乞いの意味もあるといわれている。 その祭りとは、とにかく人に水をかけることである。
どんな、きれいな服をきていても、身分の違いがあれども、外国人であってもである。
外にでれば、一瞬でずぶ濡れになること間違い無しである。
カメラや財布はビニール袋に包んで、歩くのは基本である。
そんな祭りに、僕の友達の女の子は大激怒!( ゚Д゚) 水かけるんじゃねーよ!
ヽ(;´ω`)ノ 水掛祭りなんだし、当然でしょう。 がまんがまんというか、一緒に楽しんでしまおうよ。
女の子「私、ホテルの部屋にいる」( ゚Д゚)
そして、彼女はホテルで食事をとったりしていたが、僕はプーケットのなつかしい友達と飲みにいったり、水掛祭りを楽しんでいた。

最高に面白い(´∀`)

そして彼女が僕に言った言葉。
「タイで半年住んで、タイ人化したんじゃない? 昔のタオだったらいきなり水かけられたら、切れてたよ」
いやいや、そんなので切れないし。('A`)  郷に入れば郷に従えでしょ、いやなら来なくていいんだし。
それにしても、なんでこいつにタイ化してるって言われないといけないんだ('A`)

コラートに住んでいた頃は、タイ化などありえない環境であったが、実際、タイでのんびり暮らしていると、タイ化の流れに逆らっていかないと思わず流されてしまいます
ヽ(A`*)ノむひょぉぉ だって楽だもん。


アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.28
新入社員のミン君は、その後ももくもくと新人研修をこなしている。



研修? (゚Д゚)ハッ この会社にはそんなものは存在しない。
そう、日本兵の気分によって指示された1つのことを黙々とやっている。 エンドレスに…。 僕の記憶では、研究室でタイ人スタッフが何をやっているのかレポートしてくださいという内容だったと思う。

だから、ミン君は朝から晩まで研究室に閉じこもりっきりである。
これは、ラッキーである。 日本兵は研究室には入ってこないし、嫌ないじめを見る機会も少なくなるからである。
前にも書いたが、日本兵は通常仕事を教えたり、質問に答えたりするのがめったにない。

こんな感じの会話である。

ミン君「あの~この○○がわからないのですが~」(´∀`)
日本兵「タイ人の○○に聞いた? 聞いてから、質問して」( ゚Д゚)
ミン君「あの~なんで、こうなっているんですか?」('A`)
日本兵「あのミン君、そんなのも知らないんですか?」( ゚Д゚)
ミン君「あの~」(T.T)
日本兵「自分でよく考えて、もう限界まで考えてから聞いてください、もう限界まで調べましたか?限界なんですね??」
( ゚Д゚)

こんな感じだから、ミン君も、質問することができない。

質問恐怖症である。

だから、ミン君は来てからずーと研究室に住み着いていた。

そして1週間が過ぎようとした時。

日本兵「ミン君、もう研究所研修は十分ですか?」
ミン君「えーあのー…あと一日やらしてください!」(゚ω゚; 彡 ;゚ω゚)
ミン君1日、延命である。

後日、ミン君と話したことがある。

タオ「いつから、日本兵が嫌になった? 僕は1日目にRさんをいじめているのを見たときかな」(;´ω`)
ミン君「はい、空港に迎えに来てもらったときにすでに嫌いでした」( ゚Д゚)
タオ「はやっ!なんで?」
ミン君「だって、すごいぶっきらぼうな顔で迎えられて、話しにくい人だなと思ったけど頑張って話しかけないといけないと思って、どんな仕事するんですか?って聞いたんですよ、そしてらね」
日本兵「働けばわかるよ」( ゚Д゚)
ミン君「それから、車の中で二人なのに無言なんですよ、それでこの人は無理だと思いました」( ゚Д゚)

ミン君、君の人を判断するのは早すぎる気もするが、この場合は君が正しいよ。
その場でその飛行機に乗って帰ったほうが良かったね。('A`)  

アジア人気blogランキングにぽっちとな
2005.10.29
昨日、この刑務所を無事出所した、元刑務所仲間からメールが来た。(>_<)

刑務所仲間のメール:パワーハラスメント(職権による人権侵害)って、知っていますか?

※言葉や態度による暴力を振るったり、できもしない執拗な要求で精神的に苦痛を与えることらしいです。

そのメールを読んだ後、インターネットを見てみると下記のような記事があった(゚Д゚)ハッ

上司から「所長として能力がない」と約2時間責められるなどしたため、うつ病になったという。同年9月になってもしっ責は続き、休日明けの13日に、「怒られるのも言い訳するのもつかれました」などとの遺書を残し、営業所敷地内で首をつり自殺した。
(読売新聞) - 10月27日23時47分更新

これが労災として、認定された異例のケースらしい。

分る、分るよ。(T.T) 

でもね

あそこは日本じゃないんだよ!
○○○○○帝国なんだよ!!
日本国憲法なんて存在しないんだよ!!!(。´Д⊂)うぅ・・・


僕は一度、社長に言ったことがあるんだよ。

タオ「日本だったら、訴えられてますよ」( ゚Д゚)

でもやつらはさらりと、言ってのけたよ。
「ここは日本じゃないよ。 ○○○○○なんだって」


タオ _| ̄|○


アジア人気blogランキングにぽっちとな
海外で働く | COMMENT(2) | TRACKBACK(0) | PAGE TOP▲

タイの市場

2005.10.31
タイシンアパートの近くにはローカルの市場がある。

時々暇な休日、のぞきにいくのも悪くない(>_<)しかし、台所がないタオ家では買うものはほとんどない。
なかなか不思議な食材が売られており、慣れるまでは(゚Д゚)ギョッして面白い。
20051025103415.jpg
↑カエル!生きたまま皮を剥いてくれているので、新鮮そのもの。写真の左側の物体が皮を剥いたあとの姿。心臓がまだバックンバックンいってる。
20051025103358.jpg
↑虫各種!幼虫の丸揚げ、タガメ、サソリまで揃っている。バリバリいってください。
20051025103337.jpg
↑豚の顔!正面を向けて、陳列されている。大きな店に行くと、三つくらい並べて陳列されている。


いつも、市場にいった後は、独特の匂いと生々しい食材によって食欲を落とすのであった (;-ω-)y

アジア人気blogランキングにぽっちとな
海外生活(コラート編) | COMMENT(7) | TRACKBACK(0) | PAGE TOP▲
FC2カウンター
スポンサードリンク
カレンダー
09 | 2005/10 | 11
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
TWITTER
ツイッターやってます!
スポンサードリンク
カテゴリー
プロフィール

タオ

  • Author:タオ
スポンサードリンク
最近の記事
リンク
月別アーカイブ