微笑みの国といわれるタイ王国での就職日記を掲載! タイは本当に微笑みの国なのか? 海外就職とはどういうものなのか? 在タイ13年目の私、タオの実体験を初めてタイにきてから現在までを通して書いていきます。
2005.09.01
起床! 歯を磨きながらバンガローを出て、マンモスの寝ているバンガローの戸をたたき起こす 
(。´Д⊂) おはよ~。とマンモスが出てくる。

今日は映画ビーチの舞台であるマヤベイへ行くのである。近くの漁師に交渉して、1日観光をお願いする。 1,500バーツである。
水などを買い出し出発! そしてすぐに到着!

20050826171750.jpg マヤベイ=ザ・ビーチの舞台になったところ。
本当にきれいな海と砂浜で、ちょっと小高い丘でマンモスと一服! 
( ´ー`)プハァー 最高である。 
プーケットで仕入れた、○○ジャが仕込まれた、タイのタバコ【エルエムグリーン】!! 
ハイテンションになった二人は島を探索しようと、山側の山道を奥へとしばらく歩いてみたが、本当に静かなので怖くなってきて引き返してきた、探検終了(T.T) 

昼からは、漁船の親父が沖に釣りに連れて行ってくれることに。
カジキマグロやエイ、サメが連れるらしい。狙うは、今夜のオカズ、カジキマグロ 
松方 弘樹 に勝つぜと意気込む二人 ( ̄ー ̄)ニヤリッ


1時間後、連れるのはサバ、サバ、サバ。

飽きたo(`ω´*)o

暇なのでこの大きな海で泳ぎたい衝動になり、船から飛び降りる!
20050830174046.jpg 
いやー気持ちいい限り、ちょっとサメにびびりながら泳ぐタオ。

そして釣りをあきらめ、ピピドン島に戻る途中、カジキを釣り上げた白人夫婦に出会い、カジキを見せてもらっちゃいました。 ちなみに僕らはその日はサバオンリーでした。

タオ「今夜はサバだね、マンモス?」(>_<)
マンモス「いや、レストランで大きな魚を買って食べるで」(´∀`) どこまでもマイペースなマンモス

特製エルエムを吸いながら、バンガローに帰り、今日もパンケーキ(バナナチョコ味)をむさぼり、ピピの夜は更けていくのでした。
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2005.09.02
そして、ゆっくりと日がすぎて僕が、Phiphi(ピピ)とプーケットにお別れをする日が来た。 僕はもう一度バンコクに戻り、今度働く会社から、英文招聘状、英文推薦状などを受け取けとり、一時帰国して、ビジネスビザや国際運転免許証などを取得することになる。

マンモスは、滞在時間いっぱいまでプーケットにいるというので、プーケットで別れて日本での再会を誓う (`・ω・´)
そして僕は、バンコクへ行き、書類をもらった。その時、幸運なことに僕のエンジェルエアーの話を聞いて不憫に思った社長が、タイー日本間の航空券をシンガポール航空で買ってくれた。こうして、エアエンジェルには二度と乗らなくてすんだのだった

日本での準備期間1週間

日本に帰って書類面の準備や親や友達へ報告をする。

親への報告
タオ「あと1週間でまたタイへ行ってくるから」
母「えっまた行くの? 今度はどれくらい行くの?ほんとにタイが気に入ったみたいやね。でも仕事しなくて大丈夫?」ヽ(;´ω`)ノ
父「そんないいところやったら、一緒に行こうかなw」(´∀`)
タオ「今度は半年くらいかな?気に入ったんで、タイで働くことにしたよ」
両親 「無言…」( д)゚ ゚ ( ゚Д゚)  

母「何いってるの! あんたはいつもいつも!!」(〃*`Д´)
こんな感じで、両親への報告終了ヽ(;´ω`)ノ

当時付き合っていた彼女への報告
彼女「タイ楽しかった? タイ語とか話せるようになったの?」(*´∀`)ノ
タオ「楽しかったよ、タイ語はちょっとだけやな~。 タイで仕事見つかったからそこで働こうと思ってるんやけど…まー3年くらいしたら帰ってくるよ」
彼女「なんであなたは勝手に○★▲×☆…」ヽ(`Д´)ノバカ

彼女への報告終了 ( ´ー`)フゥー... 
こんな報告会が無事に済み、タイに戻る日が近づく。 
そして帰国してきたマンモスと久しぶりに再会、マンモスは痩せていた。
マンモス「金がなくて、毎日食パンを食べててん」(´∀`)
「最終日なんか、プーケット空港行くタクシー代がなかったからヒッチハイクして帰ってきた」

そんなに金がないのに水中用カメラを買っていたマンモスが愛おしかったヽ(;´ω`)ノ しかも、そのカメラで撮った写真は2、3枚だという。

そして、タイへ旅立つ。 今回は気楽な旅行ではなく、働きに行くのだ、明日の今頃はタイの会社で働いているのだ。正直とても気が重く、不安でいっぱいだった。('A`)
2005.09.03
シンガポール航空でバンコクへ行き、国内線で乗り換えてコラートへ移動する。 当時、バンコク-コラート間もタイ国際航空が就航していたが、利用客がすくないので1年後には、タイのローカル航空に変るのであった。バンコクからコラートまでの飛行時間はたったの45分、あっというまである。しかし、2人がけの椅子が二列のタイプであり大変小さく、プロペラがついている、飛行機嫌いの僕には大変スリリングな45分である('A`)

コラート空港には、社長が直々に迎に来てくれていた。
社長「いやーちゃんと来れたね。待っていたよ」(´∀`)なんだか、不安が一気に吹き飛ぶような言葉だった。

それから「ザ・モール」という大型ショッピングモールへ日曜必需品を買いに連れて行ってもらったあと、僕が住むことになる家に案内していただき、荷物を一旦部屋に置くことになる。 家は二階建ての一戸建てで日本人二人で住むことになるそうである。

 20050902171648.jpg          mo-ru2.jpg 
写真 ザ・モール ほとんどの物が揃う。コラートの憩いの場である。

その後は食事に連れて行ってもらった。
食事はスイス人だかが、経営するピザ屋さんである。 なにやら社長の友達だそうである。 店に入店するやいなや、握手を交わし挨拶をする二人。 すごいな~と関心するタオ。 
後に、この友達発言が社長の疑惑の始まりになるとは、この時点では知る由もなかった。(゚∀゚;)・・・ そう、このスイス人は誰とでも握手交わし、友達だといってくれるのである。
このときのオーダーはカルチィオーネ、ペッパーステーキ、スパゲティーカルボナーラ、そして嫌と言うほどの生ビール カールスバーグ。
上機嫌の社長は、タイで働く心構えについて延々3時間ぐらい語ってくれた。 (>_<)

そして帰宅、そのまま部屋に戻りシャワーを浴びて、軽く荷物をほどいて明日の出勤の準備をして、就寝。

しかし、初日は、蚊との格闘でほとんど睡眠をとることが出来なかった。

蚊取り線香も買っておけばよかった(T.T)   

2005.09.05
朝7時、車にのって会社に向かう。 初出勤である。

krat.jpg krat2.jpg

僕の会社は、オフィスと工場が同じ土地にある。僕の仕事はこの工場の製造を指導するというものである。
オフィスにつくと、まだ誰も着ていない。僕と社長だけである。他の日本人はシフトが違うので、時間をづらして出勤するらしい。
僕の初仕事は、僕に工場を案内するための工場見取り図のコピーだった。

社長「悪いな~ちょっとコピーとってくれない?
」(´∀`)

タオ「はい、わかりました」コピー機に向かう。
(゚Д゚)ハッ コピー機が電源が入っていない。
 当たり前である、僕と社長しかきていないのである。 電源を入れて、立ち上げないと…。
(;´Д`)ウウッ…全部、英語とタイ語なんですが…。 
そこで、いろいろ考えながらやっていたら、社長がきて僕をどけるようにコピー機を操る。 
社長「こんなのも出来ないのかよ~」( ゚Д゚)オラ 
これはほんのジャブなのだが、そう社長は仕事になると性格が変る二重人格者であった。
そうこうするうちにタイ人スタッフ出勤、また日本人スタッフも一部出勤。 
社長に各部署の責任者に紹介してもらって挨拶をする。
タオ「Nice to Meet You . My Name is…」と型にはまった挨拶をするとタイ人スタッフからは流暢な英語で返事が返ってくる。
(;´Д`)ハァハァ 疲れる。
日本人スタッフはすぐに工場に向かいほとんど会話はなかった。

その後、工場見学をしてパソコンのセットアップや入社手続きの書類などをして18時になる。 その頃に夜勤シフトの日本人やタイ人スタッフが出勤。この頃社長は帰宅。僕は夜のスタッフに挨拶するために残ることに。 

昼ぐらいから出勤していた工場長と夜勤の生産会議に出席。 担当日本人が生産計画に変更があったことを知らず、タイ人と協議したことに工場長は怒りまくる
工場長「コラー生産計画みたのかよ!!!」ヽ(`Д´)ノボッキアゲ
日本人スタッフ「はい、見ました。」
工場長「いつみたんだよ?」
日本人スタッフ「昨日帰る前に見ました」
工場長「今日、あんたが寝てる間に生産計画変更したんだよ!」
日本人スタッフ「じゃー教えてください」
工場長「自分で、みてこいよ、掲示板に張ってあるから!、ひとに聞いてるんじゃないよ」
日本人スタッフ、掲示板に向かう。
工場長「走れー、ほらそこ右向け!! わかった!!?」

日本人スタッフ「はい…○○ですね」 ('A`)  

また工場長はタイ人にたいしても、こんな感じで命令する。
その有様は、第二次世界大戦のときにタイ人に鉄道を作らせた多くの死者を出させた
「日本兵」であった。

(;´Д`)ノ 僕ってやばいところに来てしまいました??

こうして初日が無事に過ぎていった(。´Д⊂)うぅ・・・

2005.09.06
コラートの会社で社長に教わったこと。
注意:これはタオが思っていることではないのでご了承ください。

1、タイ飯は食べてはいけない
タイ飯は辛いので頭や味覚が悪くなるんだよ、だからタイ人は頭が悪いんだ!タイ飯食って、腹壊わしてもしらねーぞ( ゚Д゚)コラ
2、仕事でタイ語を使うな
お互いに対等の語学でやらないと、ごまかしや間違いが起こる。
英語ができないスタッフなんていらない( ゚Д゚)コラ
  ※面接のときは、英語なんて単語程度で十分だと言っていたのに…。
3、24時間日本人は休みはなし。 タイ人に任して、失敗したら任せたお前のせいだからな( ゚Д゚)コラ
4、タイ人スタッフと友達になるな!
タイ人は優しくすると、上司と部下の関係がなくなる、あだ名で呼ばれちゃったりしたら、もう最後だ ( ゚Д゚)コラ
5、駐在員はいい服をきて、いいものを食え!タイは階級社会だから、下の生活をしていると馬鹿にされたり逆に ケチだと思われるんだよ( ゚Д゚)コラ


タイ飯、タイ語禁止、タイ人と友達になることも禁止。 
タイで働く意味ないですやん _| ̄|○


そう、僕が入った会社は超偏見的で日本人優位の日本企業であった。
日本人の中でも社長、工場長は別格で他の3~4名の日本人は駄目駐在員と格付けされていた。

はじめに、仲良くなった日本人のRさんがぼやいていた。

工場は刑務所の作業場で、送り迎えをする車が囚人護送車、寝ている家は牢獄。 そして、社長は刑務所長、工場長は看守長、日本人に与えられた駐在任期は懲役だと。

日本人Rさん「僕は懲役3年ですでに2年がたってるんだよ、この懲役期間というのも僕が勝手に決めているだけだよ、何も知らされていないし、3年たっても帰れないなら辞めようと思ってる。タオさんも駐在員採用だから3年以上は日本に帰れないよ。」 

僕はいったい何年の懲役なんだろう((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル 

20050906090238.jpg タオの働いていた工場のイメージ 注:写真はアルカトラズ刑務所
<アルカトラズ刑務所とは>
「サンフランシスコ湾のアルカトラズ島にあり1930年代に刑務所として利用され始め、殺人、強盗など重罪犯や、他刑務所で脱走を企てたり、暴動を起こすなど、矯正不能のレッテルを張られた服役囚を多く収容した、脱獄不可能の米国で最高警備を誇る連邦刑務所として有名です。」※アルカトラズ刑務所案内より抜粋

なんで…刑務所で働いてるんだ… _| ̄|○

2005.09.07
2日ほど工場の説明を受けて、いきなり夜勤の生産管理を指示された、
しかも…新商品(。´Д⊂)うぅ無理だし。

社長「明日からA、Bの商品はじまるから、管理して。きみならできるよ(´∀`)」と仕事外のスマイルそんな簡単にいいますが、あんた、僕はタイ人との意思疎通にすら問題があるんですよ('A`)

そして翌日。

社長「A,Bの生産計画とか、担当スタッフと打ち合わせした?」
タオ「いや、昨日の夜にはじめて知ったんで、担当スタッフとかもどなたか知りません…、工程表は一応読んどきましたが…」
ちゅーか、あの後あんたと一緒に帰って、飯食ったんじゃないか!どこにそんな時間あるんですか???_| ̄|○

社長「なんだよ!じゃー誰が管理するんだよ!!」(゚Д゚)コラ
「まーいいや、今日はRに見させるよ」
入社3日目の、新人に新商品の立ち上げを任せる会社他にありますか?(;´Д`)ウウッ…
生産時間がやってきて生産開始。タイ人スタッフが懸命にライン作業をしているが、素人の僕がみても絶対おかしい。
そんな現場に、ここを刑務所だと説明してくれた日本人のRさんがやってきた。
社長「おいR!バカ野郎!! なんだこの有様は!!何年ここで働いてるんだよほんとお前は駄目だな!!!」と罵声が浴びせられていた、また同じように担当タイ人スタッフも激しく罵声が浴びせられる。壁をガンガン殴りつけながら、罵声を浴びせる様子は、コラート空港に迎に来てくれた社長の面影は1%もなかった。 ((((;゚Д゚)))
夜も0時を回った頃、工場の休憩時間になった。 社長や工場長は帰宅し、日本人はRさんと僕だけとなった。
Rさんは先ほど、文句を言われたことの改善をしないばかりか、インターネットで遊び始めた。休み時間が終わっても、工場には行かず電話でスタッフに指示するだけでインターネットで遊び続けている。
Rさん、そりゃー怒られても仕方ないよ。 

このRさんから、教えてもらうことをあきらめ、工場で独学で生産の勉強に励むのであった。 ヽ(;´ω`)ノ 

実際、もう辞めたいよ_| ̄|○  

ちょっとインターネットでタイの求人とかを見たりしちゃいました。

2005.09.08
事件発生!
それは夜勤明け2日目に起こった!
家のトイレは2ヵ所ある、トイレとシャワーは一体型になっており、僕専用のものと同居人の日本人の親父G専用のものに一応分かれている。 そのトイレは、内にプッシュ式の鍵がついてあり間違ってプッシュしてしまったら、外からは鍵がないと開かないのである。
僕はやってしまった。(;´Д`)ウウッ…
プッシュしちゃった…鍵かけちゃった。

同居人のGさんは昼シフトなので、トイレを黙って貸してもらうことにした。 そして出勤。
会社でGさんと会って、トイレの鍵を閉めてしまって、空かないことと、Gさんのトイレをお借りしたことをお話した。 このときすでに夜だから、スペアキーがあるかどうか明日の昼に管理人に聞いてもらえるようにGさんにお願いしておいた。 
Gさん「そうなんだよ、気をつけないといけないよ僕も、昔やったことがあるよ」(´∀`)
現在は万一のときのためにスペアーキーを持っているらしい。

そして、鍵の件はGさんに託し仕事をして、翌朝帰宅。

( ´ー`)フゥー…疲れた。 またGさんのトイレを貸してもらって、シャワーを浴びて寝よう。

(゚ω゚; 彡 ;゚ω゚)  あれ、Gさんのトイレの鍵が閉まっている! 
ここに来て5日間、鍵を閉めたことがないGさんのトイレの鍵が閉まってる。僕が昨日トイレを借りたことを話し、その次の日のタイミングで鍵が閉まっている。 

嫌がらせだ_| ̄|○  間違いない。

汗だくでシャワーも浴びたいし、10時間以上もトイレを我慢する自信もない ('A`)

この子供じみたGさんのやり方と、会社の人と24時間一緒にいる窮屈さに僕は決断をする。 
引っ越そう。 自分で家を借りよう。
コラート市内で、ホテルを除いて一番きれいだと思われるアパートをトゥクトゥクの親父に聞いて、連れて行ってもらう。

タイシンアパートメント 
  20050906095945.jpg           20050906095851.jpg

タイシンアパートメントはコラートのバス停1の斜め前にある。
部屋からの眺め、左:バス停 右:飯屋 現在は大型デパートが建っている。


エアコン、シャワー、テレビ(NHK付き)

月5,000バーツ +電気代+水代 

速攻で契約して、引越し。 スーツケースにほどいた荷物をぶち込み、トゥクトゥクで移動。 

アパートの部屋のベットにはシーツも布団もなにもない。 

Gさんもいない、トイレも使いたい放題、シャワーを浴びたい放題。

コラートにきてはじめて幸福を感じた日だった(>_<)
2005.09.09
コラートでのはじめての休日(*´∀`)ノ 

何がうれしいって、タイの女の子アーイがコラートに遊びにきました。

彼女は絶対行きたいところがあるらしい、タオスラナリ像です。
タオスラナリは別名ヤモーという敬称がある。
コラートだけでなく、他県のひとからも慕われている実在した人物である。タイのジャンヌダルクと説明するガイドブックもある。そこにはこう説明があった。ビエンチャン軍(ラオス)がコラートに攻めてきて、一時城は降伏したのだが、彼女が酒に毒薬をいれてビエンチャン軍に飲ませて、撃退したらしい。 やり方が汚いかと思われるが、女性だから、卑怯な真似をしてもいいのだ、腕力じゃまけるからしょうがないのだ。
とにかくタイの英雄なのである。  
taosuranari.jpg           taosuranari4.jpg

左:タオスラナリ像。タオのイメージ写真で使っているものと同じ像。
右:お供えする花などが売っている。花のほかに亀やドジョウ?や小鳥が売っていて、逃がしてあげると幸福になるということである。


taosuranari2.jpg           taosuranari3.jpg

左:像には大量の花輪 1個 20バーツ~。
右:熱心にお祈りするタイ人。 僕も挑戦してみた。

この日から僕はタオスラナリ様に、ら何度もお参りすることになる。

早く、この会社から出所できますよに ○| ̄|_
2005.09.10
外国で働くため、タイで生活するため、この悪環境の中で働くタオ。
夜勤は僕とRさん、Rさんは相変わらず、工場長が帰ってからはインターネットとにらめっこ。
Rさん「タオさん、タイ人の女の子のメル友います?僕ほしいんですが、出会えるホームページ知ってます?」(;´ω`)ノ あんたはいったい何をやっているんですか? 知らないし、知っていたら僕もほしいよ。 タイ人の女の子限定のメル友!
そんな中で僕は、かなり一生懸命に頑張った(>_<) 仕事の中で一番よく使う英単語はIMPROVE=改善である。 毎日、毎時間が改善である。 工場の改善、人の改善、自分自身の改善。 会社の環境は極悪であるが、仕事はやりがいの塊のようなものであった。 自分のアイデアを自分で採用して実施する、生産数量がみるみる伸びていく、品質がよくなる。 こんな、大きな仕事がこの歳でやれるのはなかなか熱いものを感じる(>_<)

そんなある日、僕が会社に着くと、社長が怒りまくっている。

社長「おいタオ!なんで、こんなに製品原料が余っているんだ!!」
??(`Д´≡`Д´)?? はい??原料の発注は工場長でしょ。 
工場長を見てみる(゚Д゚)ハッ 知らないふりをしている。
社長「購買と確認して、どうにか処理しろ馬鹿やろう!!!いくら損したと思ってるんだ( ゚Д゚)」
_| ̄|○  いや、マジでしらないし。僕夜勤だし発注が可能な昼間は、睡眠中だし、しかも発注の仕方も知らないし。 

【ああ無情】って知ってます? ジャン・バルジャンが貧しさのあまり一切れのパンを盗んで投獄されるフランスの小説です。
20050909104906.jpg 子供の頃、読んだ記憶がコラートでよみがえりました。
会社のためにがんばってがんばって、改善しているのに…ジャンの気持ちがちょっと分ったタオであった。

僕はパンすら盗んでいないのですが…
はぁ…ジャンよ、俺は君よりつらいかもしれないよ。_| ̄|○


2005.09.12
僕の会社は当時週休1日。 昼勤務ならAM7時~PM8時以降もしくわエンドレス。夜勤務ならPM7時~AM8時以降もしくわエンドレスである

20050912084223.jpg
 夜勤時、毎日お世話になっていた屋台食堂。バスターミナル1の近くです。

勤務時間
夜勤務のつらいところは、自分の勤務が終わった頃に、社長や工場長が出勤してきて、いろいろ質問されたり用事を告げられるのである。場合によっては、PM12時頃に帰宅するときもある。速攻で帰って、ご飯を食べて、PM2時そこから何もせずに寝てPM5時30分に起きて出社ということもしばしばありえる。 
しかも、昼間に寝るので、熟睡は慣れないとできない。('A`)
また、昼間はお客さんから電話もある、それだけではない。
夜勤勤務と知っていて、非情にも会社からもしばしば電話があるのである。 (。´Д⊂)うぅ・・・お願いです、人は寝ないといけないんです。分ってください。

休日
休日は1日といっても、よく考えてください。
週末のスケジュール
出勤 土曜日のPM7時。
退社 日曜日のAM7時ごろ。 
そこから食事、睡眠です。
 
起床 日曜日のPM7時ごろ
 コラートのデパートが閉まるのがPM11時ごろ。
またタイの朝は遅い。デパートでもAM10時どろはまだ開いていないテナントがほとんどである。

(゚Д゚)ハッ 僕の休日はこれから、はじまるけど、世の中は今から眠りにつこうとしているではないか! バンコクなら、繁華街も多いがコラートでこの時間に出歩くと犬に噛まれるのがおちである。(´・ω・`)ショボーンって家でNHKワールドプレミアムを見る、休日。

就寝 月曜日の朝方眠りにつく。

出勤 月曜日のPM7時。 

( ゚Д゚) まったくもって、休んだ気がしない。 いや、逆になんか疲れてるよ。 
こんな、強烈な勤務時間でも僕は夜勤が好きだった。好きというより、工場長と顔を合わさないことで、精神が安定するのだった。
2005.09.13
激務の中、何か楽しみを見つけないと本当に精神的にやばい状況になってきた。そんなある日休みの日、ガイドブックのコラートのページを見ていた。これは!?
 ピマーイ遺跡。 コラートから60Kmでバスで行けるようだ。 
早速、行くこと決定。(´∀`)

20050909135046.jpg          20050908123321.jpg
ピマーイ遺跡は、タイ国で最大規模のクメール遺跡です。クメール王朝時代にこの地域に建設されたもので、タイ国(シャム)のアユタヤ王朝に滅ぼされるまで、このあたりはクメール王朝の支配下だったのです。
クメール遺跡といえば、カンボジアのアンコールワットが有名ですが、タイでもピマーイ、パノムルン、カオプラヴィハーンなど相当見ごたえがあるクメール遺跡が存在します。

20050908123304.jpg          20050908123337.jpg

この日はとても暑く、かなり広いので、相当体力消耗しました(>_<)

遺跡の壁などに彫られたリレーフと呼ばれる彫刻はとてもきれいに残っている。 タイのお坊さんも観光に来ていました。

20050908123215.jpg
サイ・ンガーム公園 ピマーイ遺跡からすぐの公園である。
写真のような木がはえていて、涼しい。 タイ人はここで御座を敷いて酒盛りをしていた。 日本の花見のような感じ。

この日から、僕の趣味をクメール遺跡めぐりにしました。
半ば、無理やり趣味にした感じですが、今後いろいろな遺跡をめぐるのでした。
遺跡見てるときだけが、楽しかったです、ハイ(。´Д⊂)うぅ・・・。
2005.09.14
なんとか、年末までやってきました。この会社では必要ないイベント忘年会('A`)  
土曜日、仕事が終わってからバンコクで忘年会をすることとなった。 おいおい、仕事終わってからバンコクいくのかよ、PM5時に仕事切り上げてもバンコク着くのPM9時半ぐらいだよ。('A`)  
なぜバンコクか? 
社員に都会の雰囲気を、満喫させる? いや、違う。
バンコクにおすすめの店がある? いや、違う。
うちの社長は、週の後半はバンコクに住んでいるからである!! ピンポーン!
また、工場長も週末だけは、バンコクに行くのが習慣である!!
そう、この会社は二人の都合によって、すべてが決定されていくのである。

それでも、会社がミニバスを貸りて、その他日本人4名と工場長がバンコクに向かう。 約4時間のドライブである。
(;´Д`) 皆さん、無言である。 そりゃ、あんなけ仕事中罵声を浴びせられたら、話す気にもならないわな。

バンコク到着。
木村 拓哉もきたといわれる某日本料理屋へ入店。
社長も合流。

社長「喰え喰え、今日は日頃の労をねぎらってくださいよ」(´∀`)
とにかく、喰うことに専念するタオとその他日本人。 
そして、会計。 1万数千バーツです。 

社長「ここは割り勘でだしとくか? 二次会は会社の経費で落とすよ、二次会はタニヤだからここのほうが安いだろ。日本人だけが、食事も飲みも会社経費っていうのも、経理担当のタイ人が嫌な顔するだろ?」
こんな、説得力がある説明で、ここは割り勘で1人2千5百バーツぐらいであった。

そしてタニヤへ向かう、僕のタニヤデビューである。

20050913085034.jpg 日本人用のクラブがひしめき合うタニヤ通り。

1件適当に選んで入店。
女の子を一人選んで、隣に座らせてウイスキーを飲む、普通なら楽しいのだが、社長以外は無言である。 用意してあるカラオケも誰一人歌わない。
それでも、一時間もすれば皆酔いもまわってきて、多少ワイワイしてきた。 そんな時、

(゚Д゚)社長「つまんね~よ、俺は大切な週末の時間を割いてきてるんだよ、この週末のために働いてるんだよ、悪いけど帰るわ」 
そして、会計もせずにすたすた退場する社長。
置いていかれる、その他日本人。 
いやいや、僕も貴重な週末を完全に潰してコラートから往復8時間かけて来てるんです
 _| ̄|○

しかも、ここの会計は会社もちじゃ…そればかりか、社長の分まで割り勘する羽目になったわけである。
一人、3千バーツ也 社長、景気よくボトル開けてたから…。

そして、タクシーに乗ってホテルへ帰るのであった、ホテル代はもちろん自前。 
忘年会 約7千バーツの出費、_| ̄|○ 新年会は勘弁してください

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2005.09.15
忘年会も無事?に終え、年末になりました。 こんな会社ですが休みが6日もありました。 6日…飛行機の時間帯を考えれば頑張れば丸4日と少し日本に帰ることができる。 まだタイに来て3ヵ月もたっていないのだが、精神的にやばい状況であるため正月は日本に帰ることに決定ヽ(`д´;) 帰るんだってば!!

仕事最終日、仕事が終わって速攻でアパートに戻りPM7時にバンコク行きのバスに乗り込む。 PM11時の関西空港行きのシンガポール航空にぎりぎり間に合う計算です。 コラートからバスでバンコクへ行くと、バンコクの北バスターミナルの手前にドンムアン空港があるので途中で降ろしてもらえば約3時間で到着するのです。 飛行機に無事に乗り込む、冬服を持っていなかったので上下スーツである。 3ヵ月前とはかなり変ったな~外見も中身も…。 

久しぶりの日本は、とても空気がおいしかった。 冬で空気が冷たくて気持ちよかった。 家に帰ると、両親と姉家族が暖かく迎えてくれ、友達も日替わりで僕に付き合ってくれた。
タイに、いやあの会社に帰るということが非現実的に感じる。 こんなに幸せな環境が僕にはあるのに、なぜあの地獄のような環境に好き好んでいくのだろうか…、例えるなら、日本の大学生が志願して、遠くアフリカでおこっている紛争に加わりに行くようなものである。
 20050914162253.jpg 姪っ子 ( ´ー`)おじさんは戦場で働いているんだぞ! 
それでも、僕はこの限られた楽しい時間をすごしていた。

そう、あの会社からのメールによってすべてがぶち壊されるまでは…
忘れもしない2001年12月31日、友達と初詣に行く前に部屋でパソコンを立ち上げてホットメールの確認。(´∀`)、ついでにタイのサーバーの会社のメールも見れるか挑戦(>_<) 

(゚Д゚)ハッ 会社から4件。
社長3件 工場長1件

内容

1通目 社長:製品Aの工程などについて、工場長に確認メール CCタオ
2通目 工場長:自分は知らない、その件はタオではないか? CCタオ
3通目 社長:タオに、確認メール CC工場長 
ここまでが12月29日(12月28日にタオは帰国した)
4通目 社長:タオが返信してこないことに催促のメール CC工場長
    12月30日
5通目 社長:「タオの無責任な行動によって、せっかくの年末が台無しになった。明日は大晦日だが、このままじゃ気持ちよく年を越せない」 To All
    12月30日

会社からは帰国中にメールを確認しろなどとは一切言われていなかった。ほんとに、たまたま、タイのサーバーのメールが日本で見ることができるか確認しただけだったのだ。
(;´Д`)ウウッ…タイのサーバーのメールを、日本で見ると普通思うか~もし自宅にパソコンがなかったら、見れないしメールは見とけよなんて一言もいってないし、というより
製品Aのことなんか、聞いたこともないし…(。´Д⊂)うぅ・・・
このメールにより僕の正月はとてもブルーなものとなった。 謝りのメールを送っても、返信はなかった。きっと、正月を満喫しているのであろう、いったい何日までメールを確認したらいいのですか?教えてください _| ̄|○  
テレビでは松浦 亜弥が紅白初出場、かわいい笑顔を振りまいていた。

3日後、地獄の戦場へ無事到着 _| ̄|○

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2005.09.16
タイには野良犬がとてもたくさんいる。 マジですごい。
日本に住んでいるときにみた野良犬25年分の野良犬をタイでは、1日で見ることが可能である。

20050910072745.jpg セブンイレブンの前でふてぶてしく寝る犬。

さて、タイで暮らしていると運動不足になりやすい。僕の会社のような激務を強いられて、精神的に疲労困憊しても、運動をたくさんしたのとはちょっと違うようで、コラートに来てからどんどん太っていく。ヽ(;´ω`)ノタイ料理油多いですから…。
これではやばいと、ランニングをすることを決意。 形から入る僕は早速NIKEのトレーニングウェアとランニングシューズを購入。( ̄ー ̄)ニヤリッタオスラナリ像付近の広場でランニング開始。
20050910072824.jpg 
徒党を組む、野良犬。この写真は違うシュチュエーションでとったものだが、タイでは漫画の【銀牙】並みに犬が徒党を組んでいる。

ランニングを始めると、犬が数匹追いかけてくるのである。 すごい剣幕です。
(´∀`)昔、お母さんが野良犬が来ても、走って逃げちゃだめよって教えてくれたことがある。 
犬は、走っているやつを見ると追いかけてくる。


ランニング2分で終了 _| ̄|○  

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2005.09.17
帰国後、年末のメール件、新年会件は社長の頭から消え去っていて
無事に日々は過ぎていった(;´Д`)ノ

そして、コラートの会社で働いて、3ヵ月がたち試用期間が終わった。
社長「よくやった、君のおかげでこの2ヵ月生産部門の利益がよくなった、来月から駐在員採用(日本の会社での採用)にするから、それから生産部門の責任者になってもらうよ。」(´∀`)
(>_<) 頑張った甲斐があったのか、とにかく現地採用から駐在員になったのである。しかも、なんかいきなり役職もグーンとあがり、今まで先輩であったその他日本人が僕の部下になってしまった。 
ちょっと話しにくいし、3ヵ月で僕の何がわかったんだろう、もっと考えたほうがいいんじゃ…

20050916234447.jpg パピカネー
なんとなくお祝いに自分で自分に買ってみた。パピカネーという仏像、バンコクの伊勢丹の前にあるものの小さいバージョン。 1,600バーツなり。
コラート、特にほしいものが見当たらないんですヽ(;´ω`)ノ

待遇の変化として。

先ず給料
現地採用 現地の給料 35,000バーツ 日本での給料なし
駐在員  現地の給料 40,000バーツ+日本でも給料がでる。
合わせて、日本での平均的な給料をもらうことができる。
日本の給料は丸々貯金されていく(>_<)

住居
現地採用 自腹で払っていた。
駐在員  会社が家賃を負担。
また、プライベートでもバンコクへいく、宿泊費、交通費は会社もち。

一時帰国の航空券
現地採用 自腹。
駐在員  年に1回は会社が負担。 航空会社はどこでもOK。

生活費として、コラートでは1ヵ月30,000バーツもあれば充分である。  

また、僕は日本にいたときに退職してすぐに、失業手当を給付してもらうために手続きを完了していた。 失業手当は、一切もらっていなかったが、ある条件を満たして日本で再就職が決れば再就職手当て(祝い金)という冗談のような手当てが給付されるのである。 なんなんだこれ。
その額、約250,000円ぐらい。

この過酷職場でも、あれ?ちょっと頑張って金ためてみるかって思えた瞬間である。 
( ̄ー ̄) 久しぶりににんまり

※待遇は駐在員でも、僕はその後1度も日本の本社に行ったことなかった。 駐在員待遇の現地採用というのが正しいと思う。

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2005.09.19
Rさんと、Gさんに帰国命令がでた。 Rさんは速攻で帰国、Gさんは引き継ぎを終えてから帰国、約半年後になりそうだ。しかし、両人の帰国後の日本でのポジションは用意されておらず、実質上解雇処分のようなものである。('A`)  
理由は、この二人が抜けても仕事に一切支障がでない、これが帰国命令の理由であるのだが…。

帰国命令、もしくは解雇、退職を我々は出所と呼んでおり、決して嫌なことではないのだ!
(;´Д`) うらやましい…。 



問題発生
工場長は、常に誰かをいじめていなくてはいけない性格で、皆に相当嫌われていた。辞めていった先輩には社長や工場長に、工場長のいやなところのような内容のメモをメールで最後に流して辞めたものもいる。
そして、僕が来た当時、彼は毎日Rさんを虐待していた。 一日2時間以上は、机の前に立たせて、仕事についてプライベートについて尋問するのである。
そればかりでなく、Rさん管轄のタイ人スタッフも呼び出して、タイ人スタッフが泣き出すまで怒鳴り倒すのである。
Rさんがいなくなったら、(;´Д`)誰がいけにえになるのだろう…。

駐在員のTさんに決定(>_<)
Rさんの帰国、一週間後くらいから毎日Tさんは工場長の机の前に立たされて、工場長のストレス解消の道具として罵声を浴びることとなるのである。

こんな感じで…

工場長「工場に入って、何やってるの?仕事ないのに、パソコン開けて何やってるの? 」
Tさん「仕事してます…」 ('A`)
工場長「はい?! 聞こえません!!仕事してるなら、今日した仕事を、分刻みで何をやったか書いてこい!」
Tさん「はい…('A`) 」

分刻みでなんか、覚えてる人いるんですか?
1日中、機械のように働ける人っているんですか?


悲惨である。 見ているだけで気が滅入ってしまう_| ̄|○
いや実際、皆みていない机に座って目線をパソコンに向けて、いつ終わるのかじっとまっているだけである。終わるまで、誰も帰れないのである。毎日がこんな感じなので、社内では一切会話がない。

こうなってしまうと、最後であるタイ人のスタッフはその人に力がないと分ってしまうと、命令を聞かなくなってしまう人が多い。 Tさんの言うことを聞くスタッフはほとんどいなくなってしまい、さらに工場長にいじめられることとなっていった。 
それは、坂を転げ落ちるような有様であった。 

明日はわが身である。 頑張って仕事をするかたわら、インターネットで新しい職場を探すタオであった φ(.. )
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2005.09.20
パノムワン遺跡
おそらく、コラート市内から一番近いクメール遺跡。 トゥクトゥクで往復100バーツで交渉して行ってきました。

コラート空港の方面にある。 入り口に、看板タイ語で大きく書かれているが読めない('A`) 20050914172353.jpg         20050914172239.jpg

大通りから、入り口いはいっていくと、左の写真のような田園地帯に入る。数キロいくと、見えてきましたパノムワン遺跡!!(>_<)それほど大きくないですが、遺跡はしっかり残っています。

20050914172310.jpg         20050914172329.jpg

ピマーイと違って、人っ子一人いません。遺跡の中も自由に探索できます。静かでとても気に入りました。  写真左:遺跡内 写真右:遺跡後ろ側

20050914172415.jpg         20050914172432.jpg

遺跡の内部には仏像が3体あります。少しばかりのお供えの花と線香が置かれています。 
右の写真:無意味に大きな足の裏の石造がある。タイ人との価値観の差が違うことを思い知らされる(;´ω`)お供えの金箔が少しだけ張られていた。 

本当に静かで、のんびりでできます。 
コラートお気に入りスポット(´∀`)

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2005.09.21
僕がコラートに来る少し前に、Tさんはコラートに赴任した。組織的には僕の部下にあたるのだが、今では工場長のいじめのおもちゃとなっている。

確かにTさんの仕事には、僕も不満はある。しかし、毎日いじめるのはおかしい。一度、Tさんをいじめるのをやめてもらうように交渉してみた。

タオ「工場長、すみませんが彼には僕が説明するので、何かあったら僕にいっていただけないでしょうか?」(`・ω・´)いやいや当然ですよ!
工場長「社長は直接タオさんに指示したりするよね?僕が直接T君に指示したり確認することがいけないの?じゃーこの会社の方針がいけないと思っているんだ?」 
一言もそんなこといってないですやん('A`)
工場長、Tさんを呼び出だす。
工場長「タオさんが、Tさんと直接話さないようにいってるんだけど、どうしたいですか?」
Tさん「いや…、今はタオさんの下なのでタオさんに従います」
工場長「じゃーその上の言うことは聞かないということですね?社長がTさんに命令しても聞かないということで間違いないですね?」
タオ「いや、それは極論なんじゃないです?」(;´Д`)ノなんでそう飛躍するんですか…
工場長「今は、Tさんに聞いているんです、タオさんは黙っていてください」 
('A`) なんかそのまま、3時間くらいTさんを攻め続ける工場長。
最後には、Tさんが昨日食べた食事についてもいちゃもんをつける、なぜ、タイ料理を食べたかなどなど。 

そして、工場長はいじめ飽きて帰宅。結論は今までとなんら変らない。
_| ̄|○  なんだったんだ3時間…。
Tさん「俺はね、間違ってるとは思ってないよ!くやしいよ。くやしいから、行きますか? ぱーっと」 

コラートにはいくつかのエンターメント施設がある。いわゆる、ソープランドである。 Tさんは、工場長がいなくなると人が変ったように明るくなり、このエンターテーメント施設をはしごして、好みの女の子を捜すのであった。 
20050921073621.jpg 夜のコラートは時期によってはイルミネーションで飾られている。写真のようなオモステのピックアップトラックを手足のように操縦するTさん。

GINZA-ペガサス-パイリン-トップワン-ペガサス-そして最後にGINZAで決定。
こんな感じで、気に入っているエンターメント施設を見てまわるのである。すごい、パワーである、どこにこんなパワーが残っていたのか不思議なくらいである。 どんな子がいれば満足するんだよ('A`) 疲れた…。
※上記はコラートに存在するもしくわ、存在したエンターテーメント施設の名前です。

あなたのために、今日は僕は工場長にかけあったんですよ…。
風呂屋めぐりと同じくらい、仕事を真剣にやってくださいよ、Tさん…_| ̄|○


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2005.09.23
忘年会の他にも、この会社には必要がないイベントがありました。
社内旅行>(;´Д`) あなたたちと、就寝をともにするのですか?
しかも2泊3日…。 

今年の幹事はTさんに決定! 社長の独断です。

場所は東部タイのパタヤ。 下記スケジュール
1日目 日本人は朝からゴルフ タイ人スタッフはバスで現地まで来る。
2日目 タイ人スタッフと観光して親睦を深める。
3日目 コラートへ帰る。

僕はゴルフが出来ない。 というかやらない( ゚Д゚) なぜなら、ゴルフを始めると休日も工場長の相手をするためにゴルフにつきあわされる。 タイのゴルフは朝早く、朝6時にはスタートするのである。 休みの日まで、工場長と一緒は勘弁してほしい(;´Д`)よって、再三の練習の誘いも断って今日まできていた。 これは、出所したRさんの助言によるものだった。
Rさん「タオさん、ゴルフするの? もし、しないんだったら絶対はじめないほうがいいよ。 毎週、狩り出されるから」( ´ー`)
そのおかげで、僕は1日目のゴルフは免れた。

社長「来年は、絶対ゴルフ一緒にしような」(´∀`) この一言が怖かったが、来年までに絶対出所してやる!と固く誓った。(゚Д゚) 

そして、社内旅行前日に悲報が…。
Tさんが、食中毒で社内旅行に行けなくなったらしい。
なにやら、カオパット(焼き飯)を食べてあったったらしい。
社長「だから、タイメシ喰うなっていっただろ」ヽ(`Д´)ノボッキアゲ

Tさん、カオパットであたらないでください。カオパットは危険レベル2くらいでしょ。ヽ(;´ω`)ノ 
20050919160739.jpg 危険レベル18のソムタムプー(パパイヤサラダ蟹入り)
タイ人もお腹を壊しながら食べるソムタムは、Tさんの大好物だった。きっと、カオパットを食べてお腹を壊したといったのは社長への報告だけで、本当はソムタムを食べたと思われる。 ソムタムを食べたと知ったら、社長は怒り狂うから、とっさにカオパットが原因だと言い訳したと僕は推測している。 ※うちの会社はタイメシを食べることを禁止されている。

´Д`lll  僕が社内旅行の幹事をやることになった。 
タイ人スタッフの幹事に予定を確認。

タイ人スタッフ「Tさんと何も打ち合わせしていない、泊まるホテルと食事する場所しか決っていない」
_| ̄|○  Tさん、あなた今まで何をやっていたのですか? 
あなたの食中毒は食事からくるものではなく、心の病ですか?もしくははじめから計画していた作戦ですか? 

そして長い長い社内旅行がはじまった…。

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2005.09.24
パタヤに到着。 日本人はゴルフへいき、僕はタイ人スタッフと電話で本日の予定を打ち合わせ('A`) そして、パタヤ市街で食事中のゲームの景品などを買いあさる。 

パタヤの汚れて誰も泳いでいない海で休憩。( ´ー`)一時の幸せ。

20050919171129.jpg プーケットの海と比べると、汚れて生ぬるい。

買い物も一応終わり、そして地獄の食事の時間がやってきた。

とあるタイ料理レストランの2階
社長「社内旅行は社員に楽しんでもらうためにあるんだよ、だから今日ぐらいはお前らもタイ料理を食え、今日はタイ人スタッフにゆっくり休暇をとってもらうようにするんだぞ」(´∀`)
しばらくして…2階のフロアに他の客もちらほら入ってきた。
社長「なんだよ、貸切じゃないのかよ!タオ!? マネージャーとかけ合って来い」 (゚Д゚)
しらないよ~、貸切だったら金がかかるんじゃないですか('A`)  
すでに昨日までTさんが幹事だったことを忘れている、社長…。

マネージャーにかけ合って、どうにか1階を貸切にしてもらい、2階を他のお客さんを通すように交渉成立、そして、1階のテーブルや椅子を店の人と僕で移動させて、2階にもどる。

社長「おータオ、もういいよ、別にみんな楽しそうにやってるからよ」
(;´Д`)ノ おい、おい、よくないし。 店のマネージャーに謝りにいき、先ほど移動させたテーブルを元にもどす。

社長から一言スタッフに慰労の言葉
社長「今日は、みんな楽しんでますか? 今日は、タイ人スタッフのために…(゚Д゚) おい、タオ! ピアノがうるさくて話せないよ、お前行って止めてこい!!」 彼がにらむ方向には、生演奏のピアノとその横で歌う女性がいた。
(´Д`lll)  マジですか!?社長の言葉は国王様の言葉に等しい、だめもとで交渉! ちょっとの間、演奏ストップしてくれませんか?
すごく不満そうな顔で僕をみる。 財布の中から、500バーツを出して手に握らすヽ(;´ω`)ノ 本当にお願いします、僕に無理でしたという報告の道はないんです…。 なんとか、演奏を中断してもらうことに成功。 

気持ちよく、演説する社長、僕をにらむピアニスト。

社長「おいタオ! おまえ全然食ってないじゃないか?もっと食えよ」もう、気分が悪くて食べれないんです。 ビールを流し込み、次なるゲームへと進むのであった。
その時すでに、社長が数々の文句を僕にいいつけ、僕が必死で店と交渉しているのを見ていたタイ人スタッフの多くは、僕を哀れみ、そして自分に火の粉が飛んでこないようにと、目を伏せがちに沈黙していた。

誰のための社内旅行なんですか?

タイ人スタッフのためっていってたじゃないですか?
 _| ̄|○
 


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2005.09.26
ゲームの始まりである。

司会はタオ(;´Д`) 

昨日から、必死で考えたゲームやカラオケ大会。 さきほど、うるさいといって、中断していただいた歌手のマイクを手に取りゲームを進行する。 店の店員の視線が、冷たく刺さるのを感じる。

歌えないタイ語の歌を無理やり歌わされる僕。
タイ人とダンスを無理やり踊らされる僕。
そして、どんどん盛り上がっていく。 その盛り上がったときに、工場長にマイクを奪われる僕。 ヽ(;´ω`)ノ いいんですぅ、タイ人が楽しんでくれたらそれで幸せです。
ようやく、席について残りの料理を口にする。
魚料理の骨についてる肉や、冷えたチャーハンがたくさん残っていた(。´Д⊂)おいしいです。 

そしてゲームも無事に終わりホテルに帰る。 ホテルは特によくも悪くもないが、タイ人向けのホテルであるため、衛星放送やバスタブはないのでシャワーを浴びて速攻寝るしかない。パタヤなので、歓楽街もあるのだが、うっかりスタッフと出くわしでもしたら大変である。 
社長などと出くわしたら、飲みにいくことになるのは確実なので、部屋にこもり夜が明けるのを浅い眠りの中で待つ。

朝、起きて ホテルのバイキングに…??(`Д´≡`Д´)??

社長、工場長の姿が見えない。 聞くところによれば、一足先に帰ったようです。
 2泊3日のはずじゃ…(;´Д`)ノ 

工場長から電話、明日バンコクで仕事があるから僕もバンコクに来るように命令。 タイ人スタッフを置き去りにして、エアバスでバンコクに向かう僕。もちろん、お二人は高級日本車でバンコクへ帰ってしまった。

一難さってまた一難である。

バンコクで1泊して、朝ホテルのロビーで工場長と待ち合わせ。

社内旅行に続いての試練、工場長と1日お客さまめぐり。
車の後部座席で、工場長と二人並んで移動である。
12時間くらい一緒にいて、交わした言葉。 

およそ400文字くらい。 ('A`) 疲れた。


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2005.09.27
僕のような外国語が達者ではない者にとって、外国で働くにあたって、一番最初にぶち当たる壁は語学じゃないかなと思う。

20050927074939.jpg 写真:大通りで花を売る女の子。 高級車とぼろ車でなる、渋滞の間を抜けて花を売り歩く。ここはタイだと感じる瞬間。

以前にも、書いたがコラートの会社では英語しか使えない。
1年くらい勤務しているタイ人スタッフの英語は、なかなか流暢なもので僕には聞き取れないときがしばしばあった。 また、日本訛りがあるように、タイ人の英語にもタイ訛りがある。 

当初、僕が働き始めたとき、タイ人スタッフは新入りの僕に大変興味をもっていろいろ話しかけてくれた。 もちろん、社長や工場長がいるときは話しかけてこないが、工場に入って一人で突っ立ってると、話しかけてくるのです。 

タイ人スタッフ「私はあなたをInviteしてもいい?」
このInviteの発音が分らなくて、その場は笑顔でOKと答えて、文字でもそのスタッフに書いてもらうことにして、後で辞書で調べてみると、
Invite=招待する 
(゚ω゚; 彡 ;゚ω゚) あわわ 
招待などをされていることを、社長が知れば、お叱りを受けることは100%。
※規則として、タイ人スタッフとプライベートで仲良くしてはいけないとある。
速攻で、そのスタッフに、「ごめん、間違って理解してた、家にはいけないよ」ヽ(;´ω`)ノと説明。 
※我が社の規則参照

仕事外なら、こんな感じだが、仕事ではもっとシビア。先ず、会議で工程や、生産計画などを説明しなくてはいけない。 工場長の前で説明するため、余計なプレッシャーによりうまく話せない。 
こんなときの解決策としては、説明事項を英語であらかじめ書いといて、理解しにくければ、図や絵を入れてあげると分ってもらえるのだ(´ ∀`)y しかし、問題は質問されたときは、その場で答えないといけないのでつらい。('A`)  これは慣れないとしょうがない。

タオの実践英語上達法

その1、以前、友達からずーと英語のテレビを見ていたら、自然に聞き取れるようになったって聞いたことがあると聞いたことがある。

早速試す。 衛星放送で英語のニュースを毎日、見てみる。 聞いてみる。流してみる。 (゚Д゚)ハッ 英語が生活の雑音に混ざり、そしてなじんでしまった。。まったく上達しないのですが…。

その2 英語で物事を考える。

頭の中で物事を考えるときに、できるだけ英語で考える。想像で受け答えも
頭の中で考えてみる 

数ヵ月後、ヽ(;´ω`)ノ この会社では意思疎通が出来るようになった。
以前より、英語がスムーズに口からでてくるようになった。
実際、英語が著しく上達したのではなく、僕がどの単語を知っているか、どのようなアクセントで話すのかを周りの人が理解して、僕は僕で周りのスタッフがどのように話すのか理解したことによって、意思疎通ができるようになったこともある。 だから、ネイティブの英語を話す白人の言っていることはチンプンカンプン、英語のニュースも相変わらず、テレビから流れているだけだが、仕事はスムーズにできるようになってきた。

僕はタイでの就職の際、語学よりも基本的な能力のほうが重要と今では思う。 語学が駄目でも、海外での生活を夢にしている人はどんどんチャレンジ!

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2005.09.28
私の勤務する会社は日本人同士にコミュニケーションがない。いや、実際は工場長と社長以外の日本人との仕事以外の会話がない。
社長はそのことを知っているので、そんなギクシャクした関係を無くすために集団行動を半強制する。

出勤 皆で工場長の家の前まで行って、一台の車で工場へと向かう。
車の中は満員!しかし、誰一人話さない。 30分くらいの間、無言なのである。工場長以外は、この空気がつらくて咳払いを頻繁にする。
会社に着いた時点で、かなりの体力を消耗している。(;´Д`)

20050928074312.jpg 写真:バンコクでの通勤する、タイ人。 写真のような日本車に4~5人乗って30分程度の通勤をしていた。 
帰宅 帰宅も、一台の車で帰る。 仕事が早く終わろうが、用事があろうが、工場長が帰るまで帰れない。仕事で遅くなるならば、仕方がないのだが、工場長が誰かをいじめていたり、インターネットに興じている時間もずっと待っていなくてはいけない。 僕は仕事が終われば、終わったことをアピールして、さらに仕事をもらうか、なければタバコを吸いに外にでる。 しかし、皆は工場長から声がかかるまでずーーーとパソコンと、にらめっこをしている。そして、
工場長が「帰れますか?」ってきくと「はい帰れます」って答える。
おいおい、じゃー今何やってたんだよ!?眉間に皺をよせて、パソコンをにらんでいたじゃない?! 帰れるのかよ?ヽ(;´ω`)ノ

食事 帰宅途中、車中で、どこに食べに行くかを相談(結局誰も発言しないので、工場長か年配のGさんが決める)する。そして食事。
食事中も誰も話さない。 かろうじて、Gさんがちょっと話すくらいであるが、皆、話題をふられることを嫌う。


毎日、毎日がこうなのである。 僕はすでに、アパートを借りて引っ越しているが、他の日本人は住居まで一緒の人までいるわけである。
 

社長さんよ…この集団生活は人が、自分の命を自ら断とうと考えてしまうくらい、嫌なんじゃないでしょうか?  ('A`)

少なくとも、当時僕は毎朝、タイシンアパートメントでエレベーターを待っている間、窓から下をのぞきこんで飛べば楽になれるのかな?って思っています。
気をつけないと、ほんとに吸い込まれそうになりますヽ(A`)あーーー  

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2005.09.29
先に、この会社では集団通勤する規則のようなものの説明をしたが、僕は新人の頃破ったことがある。

まだ、入社して2日目とかである。

いつものように、Rさんが工場長にいじめられていた。

僕は来て間もなかったので、生産が終了して自分のなかで少し見たことをまとめるだけでやることがなくなってしまった。 まだ慣れていなかったので結構疲れていて早く帰りたかった。ヽ(;´ω`)ノ いやいや、12時間はもういますよ。
僕が帰宅準備ができてから、すでに2時間…

まだ、工場長はRさんをいじめている。 ('A`)
それからさらに1時間…
タイ人スタッフまで呼び出してなにやら、怒鳴っている('A`)
我慢の限界の僕は、その怒鳴っているところに行き、
タオ「今日はお先に失礼します」、と一礼して帰ることにした。 工場長はちょっとこっち見ただけで無視。

それでも、帰ることにするが、基本的に工場団地なので住んでいるところからは遠いし、乗り物もローカルバスがあるだけである。 

neko.jpg写真:関係ないがタイの猫。

帰り方が分らない(´Д`lll)  

とにかく、歩くことにする。 記憶にある来た道を、ひたすら歩く。

途中、数匹の犬に絡まれるも、ノートパソコンが入ったカバンを盾に切り抜ける。ヽ(`Д´)ノうらら~ 
大通りに出て、トゥクトゥクを探すも夜も遅く1台も通らない。
もちろんコラートにはメータータクシーというものもない。
※この時すでに23時近くだったと思われる。

とにかく、少しでも近づくために歩くこと、1時間弱。

一台のバイクが、僕に話しかけてくる。

バイク「乗せて行ってやろうか?」
はじめは警戒していて、断っていたが、また違うバイクが同じように話しかけてくる。 「後ろ乗れよ」のようなジェスチャーをする。
もうどうでも、よくなっていた僕は乗せてもらうことに。
(。´Д⊂)うぅ・・もう、歩けないです。 犬も多くて怖いです。
そして無事に到着。 お礼に持っていたタバコを1箱あげると、逆にお礼とか言われちゃった。

コラートでタイ人のやさしさに触れた瞬間であった。

次の日、工場長はいつもむすっとしているのだが、さらにむすっとしていた。 他の日本人から聞いたのだが、あのあと「タオはどうしたの?勝手に帰ったの?」とか言っていたらしい。

じゃー僕が、帰るって言ったときに無視しないでよ(;´Д`)ノ

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プロフィール

タオ

  • Author:タオ
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